第131話 接触
「ありがとうございます! これでやってみます!」
写真が入れてあるという茶封筒を受け取り、夏海は嬉しそうだった。
俺は少し分からなくて
「どういうこと?」
そう訊ねると
「……テレポートの参考資料。ネットの写真画像だと、どうしてもその場所を把握している感覚が掴めなくて」
曰く、彼女はネットで出回っている世界の名所の画像で、現地に跳ぶことを試してみたらしいんだけど。
どうも無理だったそうだ。
彼女の予想では
ネットで出回る名所の1枚写真だと、それはただの「そういうものがこの世にあるという情報」に感じ取るだけ。
つまり、ピラミッド、凱旋門、クレムリン宮殿がこの世にあるんだな、そのように感じとるだけで、その場所の生の感覚が掴めないからじゃないかということだった。
ようは臨場感が無いからじゃないかと。
大体、いつの写真か分からんしね。
だからそういうインパクトのあるものよりも……
その場所の道端に落ちているゴミだとか、そこに出入りする人の流れとか。
そういう「現実のこの場所はこういう場所だぞ」という感覚が要求されるんだろう、という予想。
なので信頼が置ける榎本さんに頼んで、使い捨てカメラで写真を撮りまくって貰ったそうだ。
パシャパシャパシャと、無差別に、万遍なく。
……四戸天将の話にも出てたしな。
牝豚を樹海に置いて来て、身の程を分からせた後に最後のチャンスを与えに再テレポしたって。
その際に、魔法のアイテムで覗き見た映像を使用したと言ってた。
だからまあ、その場所を掴めたなら、実際には行ったことが無い場所にも跳べるんだよ。
資料を得た彼女は、こう俺に提案して来る。
「これでテレポートに成功したら、今度銀行に口座を作りに行こうよ! 来週創立記念日あるでしょ!?」
……まぁ、ネットでも出来るけど。
直接口座を作りに行った方が色々楽だもんな。
特にカード関係。
俺は夏海のそんな言葉に同意。
近々平日でも学校を堂々と休むことができる創立記念日があるんだし、もしテレポートできたなら行かない手は無いよな。
そして実際に創立記念日の日。
俺たちは岡山駅に跳んで来た。
事前に夏海が跳んでみて、成功したから無事に行けたんだ。
「ここが岡山駅……」
転移が済んで見回す。
所属県の岡山の名を名乗るだけあって、やっぱり大きい。
駅前には桃太郎の像もある。
いきなりテレポートして来た俺たちを、周囲の人は奇異の目で見ている。
そりゃま、そうだよな。
「じゃあ天麻くん、行こうか」
言って夏海が俺の手を引く。
彼女は灰色のハーフコートに同色のニット帽を被ってて。
清純な印象を強調している。
まぁ、良く似合ってた。
俺は頷き、一緒に歩き出す。
そして俺たちは、岡山県の地方銀行を回って銀行口座を開設しにいった。
桃太郎銀行。
岡山県の地方銀行だ。
俺は自分の分の銀行口座開設だけでなく、サクラのお金を預かるための銀行口座も開設しなきゃいけないからな。
そこは銀行口座を分けないと。
そう思いつつ、1店舗目。
「実際に店舗で口座を作るのは初めてだよ」
「俺もだよ」
待合整理券を機械で発券させて、待合の長椅子に並んで腰掛けつつ。
俺たちはそう言葉を交わした。
俺たちは平日は学校あるしな。
で、学校が終わってからでは店舗で銀行口座は作れない。
なので、こうして普通に口座開設するのは初めてだ。
隣で夏海は長椅子に腰掛け、足をパタパタ動かしていた。
……小柄な彼女が本当に愛おしい。
そんなことを考えていたとき。
「やぁ、はじめまして」
突然だ。
突然、傍に来た誰かに声を掛けられた。
俺も夏海も、驚いて顔を上げる。
そこにいたのは、穏やかな笑みを浮かべた、温和そうな紳士。
年齢はギリギリ若くない感じ。30代かな?
隙が無い格好で、髪も整えているし髭も生やして無い。
上級の人間の雰囲気を漂わせていた。
服装は黒いボーラーハットに、カーキ色のロングコート。
そこに黒い手袋をしてて……
肩に、小悪魔と形容するべき生き物を乗せていた。
……この人、迷宮探索者……それも上級職の人間か?
小悪魔ってことは……魔術師+召喚士の「悪魔使い」
俺たちがそこに思い当たり、何も言えなくなっていると。
その人は穏やかな声で
「僕はこういう者です」
言って、名刺を差し出して来た。
そこには
こう書かれていた。
『迷宮内治安組織エンマ構成員・中島布津夫』
……えっ?