第120話 草取りにて
年が変わった。
今年、俺は高校3年生になる。
今年の正月は生まれて初めて穏やかな気分で過ごせたかもしれない。
午前中に夏海と一緒に初詣でに行き。
午後は、父さんが住む実家に挨拶に行った。
そこで俺は初めてお年玉を貰った。
……1万円だった。
この1万円は、何か大きなお金を動かすときに使おう。
自分の欲しいものを買うために使うべきじゃない。
正月が瞬く間に終わって、新学期が始まり。
最初の日曜日。
「とうとう来たね」
隣で夏海がジャージを着て立っていた。
今日は近場の公園の草取りで。
町内会で周辺住民の協力要請が来てたんだ。
俺のマンションの掲示板に貼られてた。
前に夏海は、こういうときに労働要員で呼んでくれと言ってたから。
俺は言葉通りに事前連絡した。
……言葉の裏があって、実は呼んで欲しくないんじゃないかとちょっと迷ったけどさ。
夏海はそういうこと、したこと無いし。
彼女は俺に対しては試すようなことは一切したことが無い。
だから多分、これでいいはず……
「一応軍手は用意したけど、鎌を持って来た方が良かった?」
夏海が軍手をした手をグーパーしつつ、俺を見上げる。
俺は
「……鎌?」
ちょっとピンと来なくて。
そう訊き返すと
「草刈り鎌があると、草取りはだいぶ楽になるんだよ」
……どうも。
俺のイメージでは鎌は草を刈り取る……つまり、茎を切断するものというイメージがあったんだけど。
草刈り鎌は根から掘り起こして雑草を完全に処理するのに、形状がピッタリなんだそうだ。
……そうなのか。
知らなかった。
「すごいな。良く知ってるな」
「うん。ウチでは鎌を持っていくのが普通だったから」
……なるほど。
家の格の違いが出てる気がする。
夏海の家では、ボランティアの労働奉仕で使う道具を自前で用意してしまうのか。
……少しだけ寂しさというか、劣等感に近いものを感じはしたけど。
俺はそういうものなんだなと思い直し
「……次の草取りまでに鎌を買っておくよ。……2つ」
そう、彼女に返した。
このマンション近くの公園は、草野球を問題なくできる程度の広さがあって。
労働要員は結構来てたけど、そうそう簡単には終わらなかった。
……草取りが開始されて1時間ちょっと過ぎ。
「皆さーん! 休憩をしましょー!」
町内会の会長だという人……初老のおじさんが、手でメガホンを作って大声で呼びかけてくる。
俺たちはその呼びかけで手を休めた。
俺は引き抜いた草でいっぱいになりそうなビニールのゴミ袋の口を縛り
「夏海、俺ちょっとお茶を貰いに行ってくる」
そう言って立ち上がったが
「あっ、私も行くから」
待ってればいいのに、夏海もお茶を配ってる人たちのところへ、俺と一緒に向かう。
「なかなか大変だよね」
一緒に歩きながら夏海は笑顔。
額には少し汗が浮かんでいた。
……冬なのに。
「えっと、次回からはキャンセル?」
一応訊ねる。
だけど彼女は
「んなわけないから」
即答。
ですか。
ちょっと嬉しい。
お茶は、公園入口近くで配ってて。
近場のベンチにクーラーボックスを置き、そこに2リットルのペットボトルが数本浮かんでて。
その中身を、紙コップに注いで配ってた。
俺たちはその、お茶の列に並んだ。
前に10人ちょい並んでいたけど、お茶を配ることにそれほど時間が要るわけもなく。
みるみる順番が進んで、俺たちの番になった。
「はい、ご苦労様です」
町内会のオバさんが、笑顔で俺と夏海に紙コップを手渡してきてくれた。
そのとき
ドンッ、と
そのオバさんの後ろから
誰かが突っ込んで来て。
オバさんの手から、お茶がすっぽ抜け。
ペットボトルが宙を舞う。
えっ?
あまりに突然のことで、俺は対応できなかった。
俺の目には
その、全力で突っ込んで来て、お茶配りのオバさんを弾き飛ばした人物の手に。
白く輝く刃の、ナイフが握られているのが見えた。
そしてその意味を理解する前に。
夏海に、その人物が突っ込んだ。
俺の、目の前で。