第118話 大晦日の夜に
初めての「一緒に過ごす相手が居るクリスマス」を終えて。
また週末。
というか、大晦日。
今日迷宮を出ると、数時間後に年が変わっている。
年賀状は既に出してるし、俺がさすがに作れないからおせち料理も無い。
年末で特にやることは無いんだ。
ただ、年が変わるだけ。
……でも、初詣は行こうかな。
これまでは行かなかったんだけどな。
お賽銭を入れる余裕が俺に無かったから。
最低100円は入れなきゃいけないんだよな?
一般常識的に?
そのときは……
夏海を誘っていきたい。
一緒に神様に挨拶に行って、俺たちのこれからを見守って欲しい。
俺はそう思っていた。
「どうですか?」
そんなことを俺が考えながら見守る先。
榎本さんがまた、岩場に腰を掛けて。
目を閉じて意識を集中している。
召喚獣を多数放って、周囲の状況を探っているんだな。
放っているのはランク1召喚獣のマウス……つまりネズミで。
マウスは戦闘能力がまるで期待できないけど、呼ぶときの消耗が大したことなくて。
たくさん呼べるので、偵察に最適なんだ。
それで榎本さんは周囲に危険なモンスター集団が居ないか、もしくはオイシイ狙い目の稼げるモンスターがいないか。
そして、番人の部屋に繋がる門が存在しないか。
それを探ってくれてるんだ。
榎本さんが集中しはじめてそれなりに時間が経ったから、俺はそう訊ねた。
するとだ
「……あ」
榎本さんがそう言って目を開いた。
おっ?
何か見つけたってことなのか?
目を開けた榎本さんは、だいぶ興奮してて。
目に強い光があった。
その理由は
「……番人の部屋への門を見つけたわ」
その言葉で一瞬で納得に至った。
第7階層の番人……
確か、名前は「ルビーガルーダ」
ルビーのように輝く羽毛を持つ怪鳥らしい。
火炎と冷気を操るとは聞いてる。
他の情報は知らない。
……そいつを倒せば、第8階層に上がれる……
迷宮探索者の実質的なゴール……第8階層に。
そりゃ、興奮するよな。
榎本さん、震えていたし。
恐怖じゃない。
武者震いだろう。
まあ、楽な事じゃないけど。
絶対に。
……サファイアドラゴンよりも強いはずだしな。
挑むなら、相当な自信と共に向かわないと。
「じゃあ、早速向かいましょう」
これは夏海の言葉。
夏海は魔法で、1度行ったことのある場所には迷わず辿り着ける能力がある。
魔術師系魔法ランク1の「ナビゲーション」だ。
客観的に場所が分かるように、地図を描くのも大事だけど、夏海の魔法で場所の探知ができるようにしておくことはもっと大事だし。
夏海がそう切り出すのは当たり前だともいえる。
その言葉に榎本さんは
「ええ、行きましょう。……まずは場所を夏海ちゃんの頭の中に登録しないとね」
そう言って、腰掛けていた岩から立ち上がった。
榎本さんが召喚獣の感覚から、位置を特定し向かう先。
悪い足場で足を挫かないように気を付けつつ、進んでいくと
「アレですネ!」
サクラが指差す。
そこには本当に門がある。
……番人の部屋への門が。
他の門と同じく、入り口部分が揺らめいて、空間の歪みのようなものが視認できる。
間違いなく番人の部屋の入口だ。
とうとう、見つけた。
手の届くところに、俺が最初にこの迷宮に入るときに志したゴールの入り口があるんだ。
今の俺には、夏海と一緒に最下層に辿り着きたいという新しい夢があるけど。
それでもやっぱり、第8階層は違うんだ。
ただの通過点なんて、とても考えられない。
さっき、榎本さんが震えていたが。
今度は俺が震えていた。
あり得ないことだけど、今日いきなり挑戦するのはとても無理だ。
こんな状況で番人戦なんて……!
ぶるぶる震える身体を収まらせようと、自分の腕を強く握る。
落ち着け……!
そして自分の気持ちを静めようと、深く呼吸をしたとき。
「……3体のモンスターが迫ってる。こっちに気づいているみたい」
夏海が緊張感のある声で、そんなことを言って来た。
夏海のエネミーサーチに引っ掛かったのか。
モンスターか……
ちょうどいい。
この武者震いをするほど燃え上がっている俺の心を、そいつを倒して静めてやる……!
俺はニヒムと長剣の二刀を抜いて構え、サクラが弓を構える。
榎本さんはヴェロキラプトルを呼び出し。
夏海はフライトで飛行状態に移行した。
さあ、来い……!
そして十数秒後。
岩の影から、それは来た。
それは金髪の少女の姿をしたモンスターで……
ゴスロリの衣装を身に着けていた。
……俺たちはこのモンスターと戦ったことがある。
ラドンだ。
第3階層で危うく殺されかかったモンスター・ラドン。
それが3体……
ラドンは、本来は第7階層のモンスターだったんだ。
強いわけだよ……
でも。
あのときはギリギリ倒せた相手を、今の俺たちなら……!
俺は闘志を燃え上がらせ、二刀を構える手を強く握った。