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第三話

大変長らくおまたせしています。
















 あまりの偶然に、最初それを見たとき、乾いた笑いが漏れるのを止められなかった。



 少しでも彼らのことを忘れて過ごすため、王太子の婚約者という立場は伏せてもらい、降嫁した王女のひ孫の公爵令嬢として、王家預かりの留学生という体で通い始めた貴族学院。



 そこでは、アリアレインが逃げ出した現実と寸分違わぬものが、別人によって演じられていた。



 王太子エドワードの取り巻き令息たちに不自然に混じる一人の女。

 切ない瞳で彼らを見つめる、愛らしい令嬢。

 それらを見つめる人々が口々に囁く噂。


 既視感のある情景に、まさかと思って集めた情報に愕然とした。


 政略の意味の濃い婚約。

 その制約の中でもがく王子が見つけた秘密の恋、真実の愛。

 地位と権力に固執する嫉妬深い婚約者。


 政略の意味を理解してない子どもの妄想のような噂が連ねられた報告書は、知らずアリアレインの胸の傷を抉った。

 そこに書かれているのは自分のことではないのに、自身が経験したものと全く同じで……どうやってもこの話題から逃げ出すことは出来ないのかと諦めすら浮かぶ。

 書類を握りしめて零れた涙が、自分のためなのか、彼女のためなのか最早判らない。


 しかし、逃げられないというなら、せめて終わりを見届けようと、その日からずっとマリアンヌを見守っていた。


 人々の嘲笑に傷つきながらも堪えて立つマリアンヌと言う少女は、とても気高く美しかった。


 母親から受け継いだ若葉色の瞳は、心労に窶れていても強くあろうと前だけを見ていて、向日葵色の濃い金髪との対比が非常に美しく。

 愛しい人に蔑ろにされる憂いに陰っていても失われない彼女の輝きは、心根の優しさと強さから来ているのだろうと、堪えて立つ姿に見惚れた。


 そう、マリアンヌに陰りはあっても、決して濁ってはいない。

 自身の清廉潔白さに胸を張って、彼女は王子とその取り巻きたちに挑んでいた。


 噂にあるような、地位と権力に無様にしがみつく女ではないと、その姿を一目見れば判るだろうに……。

 ひたむきな緑の目が必死に訴えているのは、ただ愛しい人の未来に対する憂いだけ。


 出会って間もないアリアレインですら気付くのに、どうして誰も気付かないのだろう?


 マリアンヌは真実エドワードを愛している。

 その気持ちがどうして誰も判らないの?

 体面や建前なんて関係ない。

 好きな人のそばに、自分より親しい女がいる。

 ただそれだけが、辛い、哀しい、苦しい。

 溢れる感情を、でも、素直に貴方にぶつけるわけにはいかない。

 だから、婚約者として、公女として、教え込まれた淑女に相応しい姿で伝えているのに……。


 自由を尊ぶ校風とは言え、節度は守って欲しい。

 一人の女子だけを優遇すればよからぬ憶測を呼ぶ。

 ただの学友というのならば、それに相応しい距離感を保って。

 貴方の未来のために、どうか……!!


 訴えるマリアンヌを嘲笑し無碍にするものたちにかつての情景が被る。


 第三者目線で見ても、やはりおかしいのはエドワードたちだ。

 マリアンヌは、正しいことしかしていない。

 必死に王太子を、婚約者を諫めようとする彼女の行動に間違いがあるとは思えなかった。





 そしてあの日、アリアレインは偶然目撃した。




 自分にもあった、あの瞬間。





 アリアレインは間近で、マリアンヌの心の折れる音を、確かに聞いた。





 いつものようにマリアンヌの姿を求めて行ったカフェテリア。

 ぼんやりと立ち尽くす彼女の視線の先では、丁度あの女がエドワードに純白のハンカチを手渡していた。会話までは聞こえなかったが、わざわざ広げて何かを示したのだ。自ら刺したものを見せ、渡したのだろう。


 エドワードは笑って、それを、受け取った。


 その瞬間、力を失ったようにマリアンヌは近くの椅子に座り込む。


 ……それはそうだろう。

 この国やアリアレインの母国を含む近隣諸国の作法では、男女間の刺繍のやりとりは親しい間柄に限る。家族や婚約者の持ち物に、想いを込めて一針一針差すのが淑女の嗜みなのだ。


 よしんば彼らが刺繍を手渡すに値する親しい友人であったとしても、婚約者のある男性に、ましてや王子に、人目のある場所で堂々と渡すなど……場合によっては不敬罪で捕らえられても文句の言えない行為。


 なのに、それを平然とやってのける女と、それを許す男。

 絶望するなという方が無理だ。


 女は想いを示して、男はそれを受け取った。

 目の前で示された不貞の証。


 ポキンと真っ二つに折れた彼女の心の音が、確かに聞こえた。


 涙さえ零れない絶望に何処か呆けたような顔をしているマリアンヌを放っておけなくて声を掛けた。




 あの日、アリアレインは、最初から企みを持っていた訳ではない。




 ただ彼女をこのまま放っておけなくて、思わず声を掛けていた。

 そして、初めて真面に向かい合ったマリアンヌは、想像以上に儚い、今手を掴んで支えなければ、そのまま消えてしまいそうな小さな少女だった。

 握った手の小ささ細さ、窶れてこけた頬、涙を堪える瞳。

 すべてが自分に重なって……気付いたら、妄想を声に出していた。




『貴女でも私でも良いなら、どうか私がエドワード殿下に嫁ぐことを許していただけないかしら?』




 本来なら、アリアレインの立場をそっくりそのまま誰かととりかえるなど、荒唐無稽な話だ。

 公爵家の姫で、王太子の婚約者で、未来の王妃。その育成に、膨大な時間と資金がつぎ込まれたのは充分判っている。


 そうして出来上がった<アリアレイン>という存在は、本来唯一無二のもの。

 誰にも代わりは務まらない。




 しかし、<アリアレイン>と<マリアンヌ>ならば……。




 気付いた可能性に無限の未来を見て、アリアレインはマリアンヌに縋った。

 オリバーへの想いを、あの女への憎しみを、尽きることなく溢れる想いを泣きながら吐露して、最後に、どうか私を助けて……と伏して頼んだ。


「……アリアレイン様、お顔を上げてください」


 促され、息も整えられぬまま顔を上げると、そこには自身も涙で顔をぐしゃぐしゃにしたマリアンヌがいた。

 その顔は淑女からは程遠い有様で、決して綺麗なものではないはずなのに……何故か、酷く尊い、誇り高い姿に見えた。

 溢れる涙を拭うこともなく、アリアレインの手を取って顔を上げさせたマリアンヌは、繋いだ手を力強く握って同じ目線で語りかけてくる。


「ありがとうございます、アリアレイン様。今日まで、私を、救おうとしてくれた方は、おりませんでした」

「マリアンヌ、様」

「貴女のお気持ち、痛い程判ります。私ももう、この想いをあの方に抱き続けるのが辛い。実らない想いを抱いて、あの方のおそばで生きるのが辛い。……今、貴女がいなかったら私、……短絡的なことを考えていたかもしれません」

「そんな……」

「それ程の想い、でしょう?」


 お互いに……。


 緑色の澄んだ目で問うマリアンヌが、聖母のように優しく、笑う。

 金色の髪に縁取られた泣き笑いする顔は、神々しいまでに光り輝いて、正しく救いの光となって、アリアレインの行く先を照らした。


「私が、貴女を救います。ですから……どうか、貴女も私を救って……」


 言葉終わり、強くマリアンヌに引き寄せられて抱き締められた。

 耳元で聞こえた泣き声が、アリアレインを現実に引き戻し、必死でマリアンヌの華奢な身体を抱き返す。その肩口に顔を埋めて、アリアレインも同じように思いっきり泣き声を上げた。




 抱き締めて支えて、抱き締められて支えられた少女たちは、その日互いを唯一無二の友として、無情な現実に立ち向かう決意を固めた。






 私が貴女を救う。















明日も更新あります。

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