№4 なんちゃって塔内薄幸のピノ
塔に閉じ込められた姫。
イムラー王国で大立ち回りを繰りひろげたピノたちは、国許へと帰還した。
しかし3人は即座に捕らえられる。
パルム王は友好国に対する無礼行為に激昂し、ピノの身分を剥奪し城外れにある高い塔へと幽閉した。
そして、せばすてぃあんとマリーを国外退去処分とした。
兵士達の厳重な警備に囲まれて、せばすてぃあんとマリーは国境まで送られる。
兵士長は、羊皮紙を広げ大仰に言う。
「勅命っ!咎人、執事せばすてぃあん及び給仕マリーを国外追放と処す。なお、無断で我が国に再入国すれば断罪に処す。
「・・・・・・」
せばすてぃあんは黙って長の言葉を聞いている。
「・・・・・・」
マリーはずっと彼を睨みつけている。
「よいな両人、一歩前へ、これより先は他国領である。王の勅命ゆめゆめ忘れられるな」
2人は歩みを進め、パルム公国をでた。
振り返り、ぺこりと頭をさけげるせばすてぃあん。
腕組みをし、じっと兵士たちを睨みつけるマリー。
兵士長は右手をあげ、皆に命をくだす。
「よしっ!しかと見届けた。皆の者、現地解散っ!」
「うい~っす」
兵士達はバラバラと去って行った。
ぽつり、取り残される2人。
「・・・なんちゅー適当。こんなんだから、この国は弱いんだど」
マリーは呆れて呟く。
「だから、それがパルム公国だろ」
せばすてぃあんは、隣国内へ進み行く。
「んだ・・・って、せばす様、ピノ様の元へ戻らないのだども?」
マリーは訝しがって尋ねる。
「まさか、私が愛しのピノ様から離れる訳がないだろう。だが、王からの命は絶対だ」
せばすてぃあんは、自らに静かに言い聞かせるように言った。
「んだば、どうすたら」
「考えがある」
「んだ」
「これより町へ行き、ツルハシとスコップを調達する」
「ふむふむ」
「隣国より穴を掘って、直接、ピノ様が幽閉された塔を目指す。これなら再入国にはならんだろう」
「・・・・・・せばす様」
「ん」
「流石だす」
「だろ」
せばすてぃあん達は、町へと駆けだした。
一方・・・。
ピノはメイド服へと着替えさせられ、プロダクション・ディスコンティニュード(製造中止)塔へと送られた。
彼女の力を抑えるための両腕へと手枷が外され、塔の扉が開かれる。
「ピノ・・・様、入りなされ」
老人はうな垂れたまま声を震わす。
「・・・爺」
「姫様が産まれて、20数年・・・モウ爺はずっとずっと見守っておりました。ところが、姫様・・・これはいけません。テラオー王様に逆らう反逆行為、いくら爺とはいえど見過ごせませぬ。しかしながら、幼い頃の姫様はそうではなかった。可愛らしくぷくりとしたお顔立ち、爺は忘れませんぞ。あれは5歳の頃であったかの、姫様が鳥の巣がある木に登ろうとした時、爺は言いましたのじゃ。これこれ姫様、鳥も一生懸命生きておる、眺めるだけにしときましょうと、そうして爺は姫様を肩車して・・・」
「行ってきます」
とても長くなりそうなので、ピノは自発的に塔へ入った。
「ぺらぺらぺらぺらぺーら・・・etc」
爺はいつまでも喋り続けている。
そして夕暮れ、誰もいない事に気づく。
「・・・いけずう」
ピノは塔への扉を開く。
ギィィィと軋む音があたり響き渡る。
彼女の鼻腔につーんと据えた匂いがした。
扉はすぐに閉じられ、厳重に錠がかけられる。
薄暗い塔内は、荒れ果てていた。
(まさにスゥーイトホームね)
ピノは異色の伊丹作品をリスペクトと共に呟いた。
一歩踏み出そうとするが、障害物にあたり躊躇する。
どうやら荒れ果てた場所のようだ。
彼女はしばしそこで佇み目を慣らす。
しばらくすると、辺りが見えはじめた。
「うわあ」
ピノは思わず呟いた。
エントランスには、物が散乱して、本当に足の踏み場もない。
「誰だっ!」
奥で声がした。
「誰って・・」
(誰もいないはずじゃ・・・)
彼女は疑問に思う。
奥の暗がりから現れたのは、テラオー王だった。
だが、かなり痩せ細り頬はこけて病弱に見える。
「お父様」
ピノは思わず言った。
「なに言っとるんだ。この娘は」
男は吐き捨てるように言った。
「いやだな~まさか、寝起きでもないのに、びっくりドッキリTV?ピノですよ。あなたの娘ですわよ」
彼女は右手を振って笑う。
「ピノ?・・・まさかピノ=パルム・テラオーか」
「そうですわよ」
「貴様っ!」
「?」
「兄上の娘だろっ!この貶められた私に何用だ」
「???なんの事ですの」
「なんの事?このプロダクション・ディスコンティニュード塔は、私エスプレッソ=パルム・テラオーの幽閉の地だぞ」
「・・・エスプレッソ・・・様?」
ピノこと豊子は、ライトノベルの物語を思いだす。
(一行くらい触れられていたな、弟王のこと、彼女ピノが幼い頃、政争で敗れて幽閉されたとか・・・)
「・・・・・」
ピノは思案する。
「王の娘たる。貴様が何故、私の所へ・・・蔑みでもきたのか」
弟王エスプレッソは静かに怒気をはらんだ重い声をだす。
「違いますわ」
彼女はきっぱりと言う。
「じゃあ、何だ!」
「アタシも幽閉されましたの」
「・・・な」
エスプレッソは驚き絶句した。
ピノはエスプレッソに今までの経緯を説明した。
「ふははは。これは愉快だ。ついに兄は自分の娘まで咎人にするとはな」
彼は笑いつつも、瞳には寂しさが宿っていた。
「・・・ですわ」
ピノは溜息をつく。
「だが、思いもかけない娘という手札が舞い込んだ。これで兄への復讐を果たせるというもの。そう思わないか小娘」
エスプレッソは、凄んでビノを見る。
「?」
「早速、私の復讐を果たせてもらおう」
にじりっと、かつての弟王は迫る。
「いやーん。昔のいけないビデオですと、ここで、はらりと赤い花びらが落ちますのよ・・・って、ホウキ?」
「掃除、それに洗濯をやってくれ」
「なんで?」
「貴様、地位を剥奪されたのだろう。私は仮にも辺境王の肩書をもっておる。その恰好は給仕つまりメイドであろう。しかれば私に使えるのは当然の道理」
「・・・そんなことは・・・」
「それに私は貴様の父に人生を翻弄された。申し訳ないとは思わんかね」
「・・・ぐっ」
「よろしく頼む」
エスプレッソは片手をあげ奥の闇へと消えて行った。
「なんで、こーなるの」
ピノは呟いた。
だが、元OLで数々の雑用をこなしてきた経緯のある彼女は、この乱れまくった生活空間を改善しようと、腕まくりした。
まずは、燭台すべてに明かりを灯す。
狭い窓を開き、換気を行う。
それから、一階のエントランスを徹底的に掃除する。
いらない物は扉近くにまとめて置く。
夕方まで一心不乱にピノは動き回った。
ドンドン。
扉が叩かれる。
「はーい」
ピノは返事をし、扉に近づいた。
「爺ですじゃ・・・食事をお持ちしました」
「ありがとう。爺、いきなりだけどお願いがあるの」
「なんですじゃ」
「内側の扉にゴミに集めているの。持っていて」
「かしこまりました」
「それから、ここ台所あるのね。料理はしなくてもいいから、食材を運んで」
「それは・・・姫様が自らしなくても」
「暇なの。お願い」
「かしこまりました」
扉の下部分が開き、トレイに乗った夕食が置かれる。
「あれ一人分の食事なのね?」
「?」
「いいわ。あの人、めっちゃ小食そうだもんね。でも、今度から2人分の食材でね」
「姫様は食べ盛りでございますな」
「?」
「そうそう、あれは姫様が6つの頃、どうしてもパンケーキを食べたいとおっしゃられ、爺めは卵を買い出しに・・・」
「よろしく~」
ピノは、トレイを両手にかかえると奥へ行った。
扉の前で小一時間、喋り続ける爺。
「・・・で・・・で・・・ございますじゃ・・・って、やっぱり、いけずう」
ピノは2人食に分け、長テーブルに置いた。
古い豪奢な椅子に座り、両足をぷらんぷらんと動かす。
「おじさま、ごはんよ」
ピノは言った。
「私はいらない」
どこからともなく、エスプレッソは現れて椅子に腰かけた。
「いつも御飯抜いているから、そんなに痩せてるのよ。食べましょ」
ピノは両手を合わせた。
「・・・・・・」
エスプレッソは不思議そうに見ている。
「いただきます」
彼女は両手を合わせ言うと、フォークを持ち、オムレツを食べはじめる。
「うん。意外と美味しい」
思わず、呟く。
「お前」
エスプレッソはくすりと笑う。
「ん?」
彼女は彼を見た。
「お前、全然、我ら(王族)ぽくないな」
「そうかしら」
「掃除に、この気の回し用、下々のやる事だ」
「そうかしら」
「?」
「王族だからって、メイドだって同じじゃないの」
「・・・ふむ。面白いなお前」
「そうかしら」
「パルム家としては異質だな」
「ぶっ!」
エスプレッソの言葉にピノは、思わず口の中のものを吐きだしそうになる。
「そ、そ、そうかしら」
彼は右肘をテーブルにつき、彼女を眩しそうに見つめる。
「ああ、だがそれでいい」
エスプレッソはゆっくりと頷いた。
「ありがと」
ピノは呟く。
翌日。
台所を使えるように清掃する。
二階部分への階段および部屋の掃除を行う。
ピノは木箱に入った食材を抱え、台所へと向かった。
(さてと、食事ね。おじ様には栄養あるものを・・・っと、その前に水ね。たしか、来る時に小川があったね)
木桶を炊事場へ置く。
(異世界って、こういうのは融通きくよね)
彼女は人さし指をくるりと回すと、小川から水が飛んできて、木桶へと入った。
(では、アーレ キュイジーヌ!)
脳内にバックドラフト(鉄人)の音楽が流れる。
ずらりとテーブルに並ぶ、ピノの手作り料理。
「おじさま、ごはんよ」
「いらぬと言っておるのに」
「アタシの手作りが食べれなくって?」
「いや、そういう訳ではないのだよ」
「だったら食べようよ」
「ふむ」
「ほら、この麻婆豆腐、中華の鉄人陳さんも真っ青よ」
「?」
「こっちは、六さんと坂井シェフのやーつ」
「実に多国籍だな・・・どこの国の料理なのだ」
「内緒」
「こいつ」
2人は自然と笑い合った。
一方、せばすてぃあんとマリーである。
「ここら辺りか」
せばすてぃあんは、ツルハシとスコップを持つ手を止めた。
「んだ」
マリーは頷く。
「しからば、上昇するのみ」
「んだば」
2人は、高速の速さで、スコップを振り回し、地上目掛け上へと掘り進む。
ガツン。
「手ごたえあり」
せばすてぃあんは頷く。
「チェストぉー」
マリーは最後の一撃とばかりにツルハシを上の障害物へと叩き込んだ。
石床を突き破り2人は侵入する。
だが、そこは・・・。
ぶりぶりぶり~。
パルムの王城の厠でテラオー王が用をしている最中であった。
「なっ!」
絶句する王に、
「すまねだ」
と、マリーは彼の首筋に手刀を一閃、
「ぐっ!」
王は気絶させる。
「しまった。間違えたか。ずらかるぞ」
「らじゃだす」
2人は、マッハで石床を補修し、その場を離れた。
このあと、周りの者たちから、王にはおもらしの疑いがかけられた。
ピノとエスプレッソの奇妙な塔内同居生活は7日目を迎えた。
最後の掃除場所となった塔の最上階へと向かう。
そこは、書斎になっていた。
本棚には難しそうな本がずらりと並んでいる。
彼女は、何気に一冊を手に取ってみる。
かなり時間が経っているのか、埃をかぶっていた。
ピノは両腰に手をあて、溜息をつく。
「おじ様って・・・ガサツというか無頓着というか・・・」
彼女はそう呟いてから本格的に掃除をはじめようとする。
手始めに椅子の背が裏返しになっているのを元に戻そうとした。
「・・・・・・えっ!」
ピノはそれを見た瞬間、驚きで大きくのけ反った。
「ピノ?」
どこからともなくエスプレッソが現れた。
「おじ様っ!」
思わず叫ぶピノ。
「どうした驚いた顔をして」
「・・・な、なんでもありませんわ」
「そうか、今日の夕飯はイタリアン料理を食べたいわ」
「わかりましたわ」
「よろしく頼む」
エスプレッソは静かに消えた。
「・・・おじ様」
誰もいない部屋でピノは呟いた。
夕食の時間となった。
ピノが食卓に座ると、いつのまにかエスプレッソも向かいの席に座っている。
「いただきます」
彼と彼女は手を合わせて食事をはじめる。
「ピノ」
「はい」
「見たか」
「はい」
「そうか」
「ならば仕方ない」
「・・・ごめんなさい」
「どうしてお前が謝る」
「だって」
「兄上に似ず優しい娘だな、お前は・・・」
エスプレッソはそっと右手を差し出す。
「踊ってくれないか」
「へ?」
「今宵はそんな気分なのだよ」
「ダンシングヒーローからのオールナイトかしら、クィーンにも、なっちゃうかもねSOかもね」
「?」
「こりゃ、また失礼しました」
2人はごく普通にワルツを踊りはじめた。
最初で最後の姪と叔父のダンス。
ピノは感極まって自然とぽろぽろと涙を流す。
「ふむ」
ダンスを止め、エスプレッソはハンカチで彼女の涙を拭く。
「ふぇーん」
「なんだ。その泣き方は幼子のようだぞ」
「だって・・・だって」
「ま、しょうがないよ」
「しょうがない事なんて・・・ない!」
その時、床から物凄い音がする。
石床が崩れ落ち、下から出てきたのは、
「せばすてぃあん!マリー!」
「ピノ様、助けに来ました」
「んだ」
3人は再会の喜びで肩を抱き合って喜び合う。
その様子に目を細め、やさしく微笑むエスプレッソ。
「お別れの時が来たようだな」
「おじ様っ!」
「ピノや」
「書斎にいる私の胸ポケットにあるか紙を兄上に届けよ」
「?」
「さすれば、そなた達は無罪放免じゃ。時に私の姿は2人に見えておるかな」
「しかと見えております。エスプレッソ殿下」
せばすてぃあんは慇懃に会釈する。
「んだ」
マリーは頷いた。
「そうか、私の霊力も捨てたもんじゃないな・・・頼みがある」
「はっ」
「んだ」
「ピノを我が姪っ子を守ってくれ」
「必ず命に代えましても、愛するピノ様をお守りいたします」
「せばす様と同意だす」
「うん、頼んだぞ・・・ピノ」
「はい」
「帰る時が来たのだ。私の書いた紙を渡し、一言、見ておるぞと伝えてくれ・・・いいな」
「おじ様」
「お前はこんなところにいてはいけない。まっとうな日のあたる場所が君の居場所だ」
「・・・・・」
「遠い未来にまた会おう」
「・・・はい」
3人は深々と頭をさげる。
エスプレッソは大きく頷くと、闇の中へ消えて行った。
「なんと気持ちのいいおじ様だど」
マリーは呟く。
「ピノ様・・・」
「ん?」
「あのお方は、とんでもないものを盗んでいかれたそれは・・・」
「あなたの心です」(ピノとせばすてぃあんは同時にハモル)
ピノはエスプレッソの言葉通り、最上階の書斎の椅子に眠る彼の胸ポケットから紙を取り出し、頭を深くさげる。
「ありがとう、おじ様」
3人は塔をでて、城へ向かう。
城門で兵士達に囲まれながらも、ピノは一歩もひかず、王に謁見を求めた。
テラオー王は、もはや3人もろとも処刑止む無しと、心に決め、最後の面会とばかりに応じた。
「お父様」
「ピノ・・・幽閉と言ったはずだ」
「これを」
「なんだこれは」
「おじ様・・・エスプレッソ様の書き記したものです」
「な、エスプレッソだと」
見る見る王の顔が青ざめ、娘からその紙を奪い取る。
その紙には数々の悪行およびアブノーマルな性癖など恥ずかしいテラオー愚行が事細かに書いてあった。
「あばばばばばっ・・・こんなものっ!」
王は即座に破り捨てる。
「もう、この世にはないぞっ!」
「父上、それは駄目です」
「なんだとう」
「それは写し。本物はアタシが持っています」
「くそう。なんて日だっ!」
王は地団駄を踏む。
「父上、命を賭して書いたおじ様の思いが分かりますか」
「分かるものか」
「そうでしょうね。父上は強者」
「あいつは死んだはずだ。なんでお前が」
「そうですね」
「・・・・・・」
「おじ様の思いはなにより強かった」
「おのれ」
「おじ様はいいました。見ておるぞと」
「・・・・・・」
「アタシ、ピノとせばすてぃあん、マリーの罪をお解きください。さすればこの件はアタシ達の心の内に不問とします」
「・・・くそっ、勝手にせい」
こうして、ピノとせばすてぃあん、マリーのイムラー王国での一件は不問とされたのだった。
だが、新たな火種が次回に訪れようとは、ピノとせばすてぃあんはこのとき、知る由もなかったのであった。
思いがけない展開になってしまった(笑)。