暖炉の向こうには
「暖炉の向こう側には、あの世の暖炉があるんだよ。私が暖炉の前に座っている時に死んだあの人があの世の暖炉の前に座ると、話ができるんだよ。」
ガハハハ
生前、母親がそう言っていた。
パチッパチッ
暖かい炎と乾いた木がはぜる音。
「ただいま。母さん。」
もういない母親に話しかける。
「僕は、こういう運命だったのかな。」
母親と2人、仕事をしながら、家庭菜園を楽しんだり、一緒に料理もした。
決してマザコンではない。
でも、楽しかった。
母親が亡くなった後、行くあてもない旅に出て、気づくと家の玄関の前に立っていた。
やはり、僕の居場所はここなんだ。
つぅ・・・
頬に温かいものが流れた。
母親が亡くなって初めて涙がこぼれた。
暖炉を見つめていた視界が歪んで、オレンジ色にぼやけていく。
「母さん。」
再び母さんを呼ぶ。
母さん、母さん・・・
「なんだい?子供みたいに何度も呼んで。」
突然、暖炉の向こうから声が聞こえた。
「え?母さん?」
「そうだよ。あんたの母さんだよ。」
そういうと、豪快にガハハハと笑った。
ああ、こんなふうに笑うのは、僕の母親で間違いない。
「暖炉の暖かさが母さんの温もりに似ていて、寂しくなったよ。」
大の男が弱音を吐いた。
「涙が枯れたら笑いなさい。お手本を見せるからよく見てるんだよ!」
そういうと、いつもの何倍も大きな声で、ガハハハと笑い出した。
「母さん、うるさい。」
呆れ笑いをしながら、暖炉に向かってそういうと、
「なんだい。もう元気が出たのかい?」
さらにガハハハと豪快に笑った。
「母さんと一緒にするなよ。」
涙を拭きながら、半笑いで暖炉に話しかける。
「お前は、昔から繊細でとても優しい子だったよ。お前を1人にしてしまってすまない。」
「俺が好きで1人でいたんだ。」
「だったらもうメソメソするな!この世の中、1人のようで1人じゃない。だからお前も1人じゃないんだよ。」
「頭悪いくせに、難しいこと言うなよ。」
「一言余計だよ。さあ、元気が出たようだから私はもう行くよ。心のままに精一杯生きるんだよ。」
「分かったよ。母さん。」
「最後までそばにいてくれてありがとう。」
だんだん声が遠のいていく。
「待って!母さん!」
自分の声で、目が覚めた。どうやら寝てしまっていたらしい。
ー暖炉の向こうには、あの世の暖炉があって繋がっているんだよー
本当だったのだろうか。
パチッパチッ
暖かい炎と乾いた木がはぜる音が、なぜか母さんの豪快な笑い声に聞こえた。
評価、いいね、ブクマありがとうございます!