8 連れ去り
優斗が後ろの時計を見た後、大友君の方に視線を戻すと、大友君の背後、さんちょこの西側入り口の階段を、黒服の大男が上ってくるのが見えた。
「あれ、誰?」
優斗が大男を指差す。大友君が振り返った。大男が大友君に気づき声をかけてきた。
「キイちゃんのお兄ちゃんかな。キイちゃんが向こうで待ってるよ」
大友君は大男に向かって走り出した。
「キイちゃんを返せー!」
大友君が大男の足にタックルした。大男はびくともしない。そのまま大友君の身体を持ち上げると、脇に抱え込んで、さんちょこの西側入り口の階段に向かって歩いて行った。
呆然とする子どもたち。優斗が羽柴君に叫んだ。
「羽柴君! お巡りさんを呼んで来て!」
羽柴君は、ハッとした顔をすると、すぐに猛ダッシュで、さんちょこ東側の入り口へ走って行った。王子北警察署は、さんちょこから南へ歩いて5分くらいの距離だ。
優斗が他の子どもたちに声をかけ、ポケットから『さんちょこ探偵団バッジ』を取り出す。
「みんな、さんちょこ探偵団のバッジ持ってる? あの男を追いかけよう!」
桂君と篠崎君は持っていたようだ。ポケットから取り出す。その時、さんちょこの東側入り口から、スーツ姿の美形の男性と、女性警察官が全速力で駆け込んできた。明智警部補と中村巡査だ。
明智警部補が叫ぶ。
「その子を離せ!!」
大男が足早にさんちょこの西側入り口の階段を下りていった。明智警部補と中村巡査が追いかける。その後を優斗と桂君、篠崎君が追いかけた。
階段を下りたすぐの路上に、白いワゴン車が停められていた。リアゲートが開けられていて、若いTシャツ姿の男が立っていた。
大男が大友君を抱えたままワゴン車の荷台に乗り込む。その直後、明智警部補と中村巡査がTシャツ姿の男を払いのけて荷台に飛び込んだ。
何を思ったのか、Tシャツ姿の男がリアゲートを閉めて、助手席に走っていく。
少し遅れて優斗たちも階段下まで追いついた。
「みんな、バッジを車に貼り付けるんだ!」
そう言って、優斗がバッジを白いワゴン車に投げつけた。まさかの失敗。バッジは下に落ちてしまった。
優斗の横から、篠崎君がバッジを投げる。無事にリアゲートに貼り付いた。流石少年野球部。桂君の投げたバッジも貼り付いた。
優斗は車のすぐ後ろまで走って行き、落ちたバッジを拾った。車が走り出す。渾身の力でバッジを投げた。かろうじて、車の右後方側面にバッジが貼り付いた。
優斗は急いでスマホをポケットから取り出して車の写真を撮った。撮影直後、車は右折して見えなくなった。カラスとハトが何羽か追いかけていく。
「なんてこった……」
男性の声が聞こえたので、優斗が後ろを振り返った。スーツ姿の男性が息をぜいぜいさせて立っていた。この前、さんちょこに来ていた3人目の警察官だ。
優斗が、男性警察官に声をかける。
「お巡りさん! あの白いワゴン車に、さんちょこ探偵団のバッジを貼り付けたよ。後ろに2つ、右後方に1つ!」
「ありがとう! いい目印になる。車のナンバーは見た?」
「これ」
優斗は白いワゴン車が写ったスマホの画面を男性警察官に見せた。
男性警察官は自分のスマホを取り出し、110番に電話をかけた。優斗のスマホを見ながら車の特徴やナンバーを伝える。警察官も110番にかけるんだと優斗は何となく不思議に感じた。
ひととおり済ませると、男性警察官はお礼を言った。
「本当にありがとう! 助かったよ」
「いえ、どういたしまして」
その直後、さんちょこの西側入り口の階段を太ったスーツ姿の男性が下りてきた。羽柴君も一緒だ。男性警察官がその太った男性と話し始めた。
優斗の目の前に、祖父の軽トラが来た。優斗が羽柴君たちに声をかける。
「みんな、僕、スマホ持っててSNS使えるんだ。これからネットで犯人探しをお願いしてみるね。それじゃまた。行かなくちゃ」
優斗は軽トラの助手席に乗り込んだ。上空にはカラスが旋回して待機してくれている。
「おじいちゃん、よろしく! あのカラスを追いかけて!」
「まかせとけ。農道のポルシェは伊達じゃないぞ」
そういうと、軽トラは急発進して凄い勢いで走って行った。