7 決戦前
翌日、木曜日の朝、優斗は眠気と戦いながら、出勤前に稲荷神社へ向かった。いつものように狐の像に手をかざし、様々なお願いごとを確認し、社殿にお参りした。優斗に対応できるお願いはなく、新たな御神託もなかった。
稲荷神社を出ると、優斗は周りに人がいないことを確認して、近くの電柱に止まっていたカラスと、道にいたハトに声をかけた。
「おーい、至急のお願いがあるんだ。御神託だ、御神託が出たんだよ!」
カラスが驚いて電柱から下りてきた。ハトもびっくりした様子で寄って来た。
「急にごめんね。御神託によると、今日の夕方に『さんちょこ』で子どもの誘拐事件が起きるんだ。その犯人を追いかけて、アジトを見つけなきゃいけない。僕らキツネの一族だけでは対処できなくて……君たちの一族にも助けて欲しいんだ」
「アー、アー」
「ポッポ」
カラスもハトも、御神託なら最優先で協力すると言ってくれた。ありがたい。
「ありがとう! 夕方に『さんちょこ』で子どもを誘拐した犯人は、白いワゴン車で逃走するんだ。白いワゴン車には、このキラキラ光るバッジを貼り付ける予定でね」
優斗は、御神託の写真2枚と、さんちょこバッジをカラスとハトに見せた。
「皆には、その白いワゴン車を追いかけて欲しい。そして、僕を白いワゴン車の逃走先へ誘導して欲しいんだ」
カラスとハトは快諾してくれた。至急、近隣の一族に情報を共有してくれるということだった。
優斗は、スマホで父親に状況を連絡した。
父親は、訓練と称して、夕方から主要道に課員を配置して何かをさせるらしい。連れ去りが起きたら即座に捜査協力へ切り替えるとのこと。元々訓練を行う予定だったと言い張っていたが、本当だろうか。
優斗は足早に小学校へ向かった。
† † †
放課後、優斗は昨日と同じく時間休を取った。早めに学校を出発して、昨日と同じ『さんちょこ』近くの公園で子どもの姿に変化する。今回は尻尾が出ていないかしっかり確認した。
その公園の近くの路上では、埼玉から軽トラで来てくれた祖父が待機してくれていた。子どもの姿の優斗が車中の祖父に声をかけ、窓を開けてもらう。
「おじいちゃん、今日はありがとう! 向こうの公園前に白いワゴン車が来て、そのワゴン車が発進したら迎えに来てね」
「おお、優斗か。化けるのが上手になったなあ。お安いご用じゃ。神使のお務め頑張れよ!」
「うん、頑張るよ。ありがとう!」
優斗は、仕事鞄を祖父に預けると、さんちょこへ向かった。さんちょこの周りには、すでに何羽かのカラスとハトが来てくれていた。
さんちょこでは、羽柴君が桂君や篠崎君のほか数人の子どもたちと鬼ごっこを始めようとしているところだった。下校後、自宅に帰ってすぐに公園へ走って来たのだろう。子どものパワーはすごい。
優斗が羽柴君に声を掛けた。
「ねえ、僕も一緒に鬼ごっこしていい? 今日は大友君は来てるの?」
「うん、いいよ! 大友君はあそこだよ」
羽柴君が、長髪の男の子を指差した。小学校3、4年生くらいだろうか。優斗は、大友君に声をかけた。
「ねえ、どこの学校なの?」
「学校には行ってないんだ」
「え、どうして?」
「お母さんに、学校には行けない、行っちゃダメだって言われてるんだ。僕にはコセキっていう大事な書類がないんだって。だから、家でテレビやネットを見て自分で勉強してる。学校に行きたいなあ」
「そうなんだ。学校の先生や大人の人は家に来ないの?」
「うん、来たことない。あ、昨日お巡りさんが来たけど、お母さんが怒って追い返しちゃった。コセキがないのがバレると捕まっちゃうんだって」
どうやら、大友君は何らかの事情で無戸籍のようだ。そして、母親は何らかの誤解をしていて、子どもの無戸籍を隠し、行政への相談を行っていないようだ。無戸籍でも就学は可能なのに。
「そっかあ。早く学校に行けるといいね」
「うん! でも、お母さんが『最近良い子にしていないし、この家にいても幸せになれないから、別の家の子にしてもらう。連れて行ってもらう』って言うんだ。この前、妹が連れて行かれちゃったし」
「そうなんだ……」
どういうことだろう。母親は大友君を親戚に預けようとしているのだろうか。でも、そうであれば、御神託なんて出ないはずだ。
御神託の写真は、誘拐にしか見えなかった。非合法な養子縁組の斡旋などだろうか。
そうであれば、大友君が連れ去られた先に、キイちゃんを探す手がかりがあるかもしれない。
何とかして誘拐犯の居場所を見つけ出し、羽柴君のお願いを叶えなければ。そして御神託を遂行しなければ。
優斗は、背中側、さんちょこの東側の入り口近くにある時計を見た。午後4時15分を少し過ぎていた。