1 神使のお仕事
東京都北区立第一小学校教諭の狐島優斗は、ようやく週明けの授業の準備を終えて、すっかり暗くなった道を足早に歩いていた。
小学校の最寄駅は王子神谷駅だが、帰宅時は少し離れた王子駅を使っている。それには訳があった。
実は、優斗はキツネだ。先祖代々、人に化け、人間社会に溶け込んで生活しており、家業として王子駅近くの稲荷神社の神使を仰せつかっているのだ。
神使は無償奉仕。正直面倒に思うときもあるが、流石に神様やご先祖様の思いを裏切る訳にはいかない。
稲荷神社は、大通りから一本入った路地の角地にひっそりと佇んでいる。無人の神社だが綺麗に掃除されていて、お参りする人も多い。
優斗は、小さな赤い鳥居をくぐった。
すぐ正面に賽銭箱と小さな社殿があり、社殿前の左右には一対の狐の石像が置かれている。
社殿正面の赤い扉には新品の狐のお面が飾られている。先日、何者かにお面を盗まれ、新たに飾られたのだ。
「お面を盗んだ奴に早くバチが当たればいいのに」
そう独り言を言いながら、優斗は周りを見回した。誰もいないことを確認して、社殿の右手前にある鍵を咥えた狐の像の額に手をかざした。
優斗の頭の中に、前回手をかざした後の参拝者の様々なお願いや思いが伝わってきた。神様からの特別な御神託がない限り、優斗の出来る範囲で対応することになっている。
優斗は社殿の前に向かい、お参りをした。神様から特に御神託はなかった。というか、優斗が父親からこの神社の神使を引き継いで以降、御神託は一度もない。父親曰く、一生に一度あるかどうかというレベルだそうだ。
優斗は王子駅に向かいながら、参拝者のお願いを思い出していた。残念ながら優斗に何か出来そうなお願いはなかったが、一つだけ気になるお願いがあった。
『狐の神様、どうか僕の友達の大友君の妹のキイちゃんを助けてください!』
優斗が担任をしている4年1組の羽柴君のお願いだった。
† † †
「羽柴さん、ちょっといいかな?」
連休明けの火曜日。優斗は昼休憩に校庭へ遊びに行こうとする羽柴君に声をかけた。
羽柴君は、短髪でキリッとした顔立ち。いつもサッカーのユニフォームを着ているスポーツマンタイプだ。
羽柴君は、そわそわしながら優斗に聞いてきた。
「何ですか、先生? 早くしないとボール遊びする場所が取られちゃう」
「ごめん、少しだけ。羽柴さん、授業中に暗い顔をしていることがあったけど、何か心配ごとがあるのかな?」
羽柴君の授業中の様子に特に変わったところはなかったが、稲荷神社でのお願いの話が出るかと思い、優斗はそのように羽柴君に聞いてみた。
羽柴君は少し考えてから話し始めた。
「……『さんちょこ』でいつも遊んでる友達の大友くんの妹のキイちゃんが、怖い人に連れて行かれちゃったんだ」
「え? それはいつ?」
「この前の木曜日。王子北警察署にも言いに行ったんだけど、まだキイちゃんは帰ってきてないみたいで」
「大友君とキイちゃんは、どこの学校の生徒なの?」
「分かんない」
「そっか……警察が早く見つけてくれたらいいね。何かあれば、いつでも言ってね」
「うん! 毎日、稲荷神社でお願いしてるんだ。今日『さんちょこ』で大友君に会ったら、キイちゃんが見つかったか聞いてみる」
そう言って、羽柴君は他の子どもたちと校庭に遊びに行った。