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ザマアのない異世界恋愛

ある国の、とある幼なじみ二人の物語

作者: なるえ白夜

「リズ! 依頼の道すがら、薬草を摘んで来たぜ!」


 王都の外れにある、そこそこ寂れたポーション屋。そこへ朗らかな笑顔で入って来たのは、幼なじみのディーンだ。


「依頼の道すがらって……。助かるけど、またそんな事して」


 ディーンは最近、期待の新人という呼び声も高い冒険者だ。依頼で魔物の出る山や森の奥にも入る。そして、そんな場所にはポーションの材料となる薬草も良く自生している。


 だが、場所が場所だ。いつ、手に余る強い魔物が出るか分かったものではない。そんな訳で、普通は道すがら薬草を摘むといった事はしない。


 素早く依頼をこなし、早々に危険な森や山から離れるためだ。そういった自衛もして、冒険者は魔物との遭遇率を下げている。怪我や万が一の事を、少しでも回避するのが常識なのだ。


 それでも、希少な薬草などを見付ければ、その常識には当てはめられないが。ただ、間違っても、普通のポーションの材料を採取する事はない。新人冒険者が怪我でもすれば、生活に困窮するのも普通だからだ。


 新人冒険者でも、頑張ってポーションは準備するものだ。使えば、またポーションを買うお金が必要になる。怪我で仕事が出来なくなれば、その間の収入はなくなる。

 諸々を考えてみて、そんな危険は犯したくはない。だというのに……


「今日も飯付きで泊まらせてくれ。その泊まり賃だ」


「あんたねえ……」


 私は大寒波の年に、両親を亡くした。その後、まだ存命だった父方の祖父が養育してくれたんだ。祖父がこのポーション屋を営んでいたので、私も少し大きくなってから自然とポーションの作り方を覚えた。


 祖父の手伝いをしながら細々と暮らしていたが、その祖父も私が15歳になる前に亡くなったわ。


 そんな祖父との思い出の詰まったこのポーション屋の、近所の孤児院でディーンは暮らしていた。


 私が祖父に引き取られたのが7歳の時。その後、ディーンは孤児院に引き取られて遊ぶようになった。私が10歳で、ディーンが7歳の時だ。


 教会に仲良しの女の子がいて、ディーンはその子が一番面倒を見ていたのね。で、ディーンとも、自然と遊ぶようになった腐れ縁だ。


「若い女の一人暮らしは物騒なんだぞ。用心棒もするから、頼むよ」


 少し獣人の血を引いているのか、日焼けした魁梧な体に、きつく釣り上がった目。大体の人には、目線だけで怖がられる人物だ。しかも、腕っぷしは強い。何度か助けられたのも事実である。


「分かったわ。部屋はいつもの、お祖父ちゃんの使っていた部屋ね。後、」


「『先ず風呂に入れ』だろ?」


「そう。さ、お風呂に行った行った」


「うん。泊めてくれて、ありがとな。

 これ、薬草。狩れたホーンラビットは、台所に置いておくわ」


 ディーンはインントから、びっくりする量の薬草を取り出して渡して来るが……悔しいが、今回もとても状態の良い物ばかりだ。それを店のカウンターに置くと、さっさと台所に向かった。


 ……ちょっと奮発したご飯にするか。一泊の代金には、少しもらい過ぎだ。これもいつもだが、状態の良いのを持って来てくれるから。普通のご飯では釣り合わない。


 店番をしながら、ディーンが持ち込んでくれた薬草の下処理をしていると……


「よう! リズ。低級ポーション、二本くれ。サイズはなからだ」


「サビィさん、いらっしゃい! いつもありがとうございます」


 お祖父ちゃんが生きていた頃からの常連客、サビィさんが来店された。


なからの低級ポーション二本です。ラベルをご確認下さい」


 カウンターの後ろの棚から商品を取ると、ラベルが見えるように差し出す。


「はは、この店の低級ポーションは間違いがねぇからな。必要ない」


 常連客の全員が、低級ポーションの確認は必要ないと言ってくれるが……


「リズの爺さんが存命の頃から、この店の低級ポーションが高品質なのは、知る人ぞ知る一品だからな!」


「中級とか高級ポーションは、平々凡々な品質ですもんね……」


 そうなのだ。お祖父ちゃんも私も、品質の良い低級ポーションを作る事は出来る。その代わりとでも言うように、それ以外の等級のポーションは、等級(ぎり)(ぎり)のものしか作れないのだ。


 ラベルの文字の色が鮮やかである程、品質が高い。文字が鮮明である程、効果が高い。だからラベルを見れば、その等級のポーションの中でも良い物かどうかが判別できるのだ。


「ははは! ま、そうだが、低級ポーションは他所で買うつもはねぇから。また世話になる」


「ありがとうございます! お待ちしていますね。

 あ、でも、怪我はしないで下さい」


「それじゃ、リズが儲からねえだろ?

 ……じいさんもそんな人だったから、このポーション屋に通ってるんだがよ」


 そう言ってろうれんしゃのサビィさんは、昔のように私の頭を撫でてくれたんだ。


「サビィさん! 私、もう子どもじゃないよ!」と、照れ隠しの言葉が漏れてしまう。嬉しいが、もう頭を撫でられるような歳ではないからね。


 サビィさんはすまんすまんと言いつつお会計を済ませると、「なるべく怪我しないようするさ。またな!」と言って、店を後にした。フルボトルも少なくなっていたなと、追加で注文してくれたフルボトル二本も買って。


 そしてサビィさんが帰ったすぐ後に、ディーンがカウンターへやって来た。


「風呂、ありがとう。さっきの声。サビィさんが来ていたのか?」


「そう。久し振りだったけど、元気そうで良かった」


「ああ、風邪を拗らせたとかで、暫く休んでいたみたいだ」


「知らなかった! 元気になって良かった」


「だな。怪我はポーションで治せるが、病気の治療は、聖魔法の使い手に掛かるしかない。

 昔より治療費は安くなったらしいが、寝てて治りそうなら寝て治すからな」


「……そうだね」


 お祖父ちゃんも、寝ていれば治ると……いつもみたいに治るって、寝ていた。だが、風邪がどんどん酷くなって、それでそのまま……


 ぽんぽん……


「美味いもの、食わせてくれるんだろ?

 買い物に行くなら、店番してる」


 ディーンが頭を撫でてくれるのは、何故だか妙に安心してしまう。お祖父ちゃんに治療を受けさせてあげられなかったのは心残りだが、お祖父ちゃんは私が大きくなるまで傍にいてやれて良かったと笑ってった。もう歳だから、っても不思議じゃない歳だから気にするなとも……


「リズや……年齢順なら、ワシはどうやってもお前より先にく。ワシの子どもは、みんなワシより先にった親不孝者じゃった。

 もしワシがこのまま死んでも、それはリズのせいではないぞい。『空の住人』になる時が来ただけじゃ。そんな歳まで生きたからの」


 亡くなる前の日に、そんな事を言って……


「うん、店番をお願いしていい? 冒険者の食欲を満たす程、パンも野菜もないから買いに行くわ」


「おう! 任せろ」


 ディーンに店をお願いし、買い物へ行く事にする。持って来てくれたホーンラビットを確認すると、二人で食べ切れる量と少し。

 骨付きモモ肉のソテーと、煮込み野菜にしよう。足りない野菜はっと……よし。


 店と自宅を区切る扉からカウンターの中へ出ると、ディーンに行ってくると言って市場へ向かう。気を付けてと言ってくれるディーンが居るのは、とても嬉しい。カウンターですれ違う時、ドキドキするのは困るんだけど。


 近所の小さな市場は、夕方の買い物客で賑わっている。女性の転移者が来てから、この国は豊かになった。国もだが、国民も豊かになった者が多い。


 例えば私はポーション屋だが、フルボトルのポーションしかなかった頃より売上げがある。フルボトルでは、使うのをためう怪我も多い。だが、びんはそのままのサイズ。しかし中身が元の量の半分、4分の1と選べるようになり、気楽に買える人が増えたのだ。


 ポーションは開封すると、三日でただの薬草水になる。だから、使う時は、一本使い切るのが当たり前だった。だが、中身を元の量、半分、4分の1にして封印しても、封印とポーションの効果は変わらない事が分かったのだ。


 それなら、中身の量を変えて値段もそれに併せて安くしたら、買える人が増えるんじゃないかと思ったんだって。


 中身の量を変えて、値段も変える。今まで誰も思い付かなかったが、確かに少量で良い時まで一本全部使わなくて済むのは画期的だ。


 それは、買う方にも、気楽に買える物になった。今まではポーションを買わなかった人が、半分やなからなら買えると買ってくれるようになったのだ。


 主食もそうだ。女性転移者がりくとうやライ麦を広め、小麦のパン以外に選べるようになった。収穫も、エルフから育て方を教わったり、大学で冷夏や病気に強い品種の改良をして、効果を出し始めている。


 昔は小麦の収穫倍率が低く、常にいつ小麦不足になるかっていう収穫量だったみたい。だが、女性転移者の功績でエルフに作物の育て方を教わる事ができ、今は7倍から10倍の収穫倍率で落ち着いているそうだ。


 冷夏や不作の年に備え、備蓄もできている。価格もちゃんと監視されていて、滅多な事で暴落しないように管理もされているらしい。


 小麦やライ麦、米が売れ、農家が食べるに困らない収入がある。ちゃんと食べられるから、野菜を育てる畑も増やせた。そして、それも収入が増える事に繋がっている。


 国民の殆どを占める農民が豊かになれば、自然と市場は活気づいた。何でも欲しい物が買える程ではなくても、むぎがゆと野菜が僅かに浮いたスープだった食事。それがパンとそれなりのスープ、肉やベーコンも足せる食事が摂れるようになれば? 市場は賑わうに決まっている。


「リズ! 今日はじゃが芋が安いよ! 買って行かないかい?!」


「おお、リズじゃねーか! 今日は何を探してんだ? まけとくぜ!」


 馴染みの八百屋に声を掛けられつつ、今夜の分と、明日からの分も少し買って家へと急ぐ。


「ただいま! すぐご飯作るね。お客さんは来た?」


「お帰り。二人来たぞ。低級ポーションとか、低級ポーションなんこうとかが売れた」


「あ、お客さんあったんだ。有難いな」


「ああ、後で在庫確認してくれ」


「うん、そうするわ」


 そろそろ閉店の時間だったので、店を閉めて二人で自宅となっている部分へ移動する。


「すぐできるから、武器の手入れでもしながら待ってて」


「おう!」


 ディーンは泊まりに来るというより、我が家に下宿しているのに近い。たまにパーティーの仲間と宿に泊まったりもする。だが、町にいる時は、殆ど我が家に転がり込んで来るからなのだ。


 だから、ディーンの私物もそれなりにあったりする。


 今日みたいに、薬草や肉をくれる日もある。それとは別に毎月部屋代をくれるから、私物を置いていても文句はない。


 そんな生活が、三年続いただろうか?


「リズ! 大変だ!」


「あ、サビィさん。いらっしゃいませ」


「それどころじゃねぇよ! ディーンが大怪我を負ったんだ! 中級ポーションは使ったらしいが、それでも意識が戻らねえんだと!

 仲間が神殿に運び込んだが……あ、リズ?!」


 頭が真っ白になった。考えるより先に、体が動いた――――駆け出した私の背中に、サビィさんの「西門に一番近い神殿に運び込まれているからな!」という声が届いた。


 西門……! 一番近い神殿……!


 急がなきゃ……! 急がないと……!


 だって、もしかしたら、ディーンとはもう…………


 この国には珍しい雨に、涙は気付かれない。涙が溢れるまま、雨に打たれながら神殿を目指してひた走る。


 時々、人がこちらを振り返るが、どんなに酷い顔を見られても構わない。涙を拭くのに足が遅くなる方が、今の私には問題だ。


 神殿に着くと、雨でずぶ濡れの私は心配された。体を拭くようにタオルを渡されたが、それどころではない。


「ディーン! 『緑濃き森のかりゅう』のリーダー、ディーンはどの部屋にいますか?!」


 対応してくれたシスターさんに、ディーンの部屋を聞く。受付けで調べ、部屋を教えて下さったので、一目散に彼の部屋を目指して駆け出した。


 あった! 教えて頂いた、ディーンの入院している部屋!


「ディーン!」


 ノックも忘れドアを勢いよく開け放つと、彼の名を叫んだ。


 大声だったにも関わらず、ディーンからは何の反応もない。


 心臓が凍りつくような、そんな気持ちになる。そして、よろよろとベッドに近寄って行く。


 一歩、二歩……ベッドまでが、酷く遠く感じる。やっとベッドに辿り着き、ディーンの顔を覗き込むと……


 包帯などは巻かれていないが、青白い顔色をした見慣れた顔が目に飛び込んで来た。


「ディーン……」


 それは、声にもなっていなかったかもしれない。ベッドの脇にしゃがむと、そっと大きな手を取った。


 温かい……


 良く頭を撫でてくれた大きな手は、いつも程ではないが今も温かい。


「ディーン……ちゃんと帰って来てよ……

 いつもみたいに、薬草を取って来たぞって……」


 治療が一段落したのか、誰もいない室内に微かに響く祈りにも似た言葉が漏れる。


「いつの間にか、男の人になっていたんだね……」


 手が大きくなっていたのは、頭を撫でてくれた時に感じて分かっていたわ。


 その手を自分の手に取ると、剣だこで厚くなった掌や筋張っているのが良く分かった。


 もう、昔の柔らかな小さな手ではなくなっている。


 子犬のように、私や仲良しの女の子の後を付いて来ていた頃のままだと思っていた。


 そ……うか。もう大人の男性になっないると分かっていても、ディーンが泊まりに来るのを断らなかったのはそういう事だったのか……


「ディーン、大好きだよ。だから、私を置いてかないでよ……っ」


「……な……ょ…………」


「ディーン?!」


 意識が戻ったのかと思ったが、それっきりディーンは何も変化がなかった。


 それでも手を取ったまま、ディーンの傍にいると見回りのシスターさんが来たし……諸手続きを終わらせた『緑濃き森のかりゅう』のメンバーが集まった。


「ディーンは血を失い過ぎて、危険な状態になっているらしい。回復するかどうかは、ディーン次第って話だ」


「そ……」


 後で聞いた話しによると、ディーンは仲間を庇って怪我を負ったそうだ。千切れた足を持って神殿に駆け込んだが、血を失い過ぎていたのだとか。


『緑濃き森のかりゅう』のメンバーは頭を下げると、病室から出て行った。たぶん、廊下の椅子に座って経過を見守るのだろう。


 女性メンバーが服を家から持って来てくれたので、まだ濡れていた服から乾いた清潔な服に着替える事ができた。もう朝晩は冷え込む季節なので、濡れたままの服では風邪を引きかねないし、病室にいるにも良くないとひとっ走りして取って来てくれたみたい。


 その時店に居たサビィさんから「かぎがないから、戸締りができるまで邪魔している」と伝言をもらったそうだ。ああ、そう言えばサビィさんを放って、かぎも掛けずに飛び出して来たとぼんやり思った。


かぎを預かれば、戸締まりしてきます。どうしますか?」


「……すみません。戸締まりをお願いできますか?」


 彼女にかぎを預け、戸締まりをお願いした。サビィさんを、このままには出来ないからね。


 戸締まりをしてかぎを持って来てくれた時に、屋台で買った料理を差し入れて下さったが、食べる気にはならなかった。


 雨に濡れた事と極度の緊張で、体が限界になっていたらしい。朝方には、うつらうつらしていた。




 これは、夢? ディーンの手が、頭を撫でてくれている。とてもゆっくりなのが、いつもと違うわ。例えゆっくりでも、今はそんな事できないはずだもの。


 でも、温もりも重みも感じる……これは本当に夢?


「! ディーン!」


 これは夢なのか疑うと、意識が覚醒した。


 弱々しいが、確かにディーンの手が頭を撫でてくれている!


 目が開いている!


 夢じゃない!


「お……てかな……よ……」


「え?」


「置い……かな……よ」


「ディーン……!」


 意識を取り戻したディーン。


 そして、置いてかないでと言ったのに対して、置いてかないと答えてくれた。


 良かった! ディーンまで死ななかった!


 喜びで、しばらく泣き続ける私を彼は優しく頭を撫でて落ち着かせてくれた。


 様子を見て、病室に入って来た『緑濃き森のかりゅう』のメンバーも、泣いてディーンの生還を喜んだ。


 暫く入院はしたが、ふらつく事がなくなってようやくディーンは退院した。


「リズ。俺、ここに、リズの隣へ毎日帰って来てもいいかな?」


 場所は寂れたポーション屋の入口。


 それがディーンのプロポーズだった。


 ―終―

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