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終電を一緒に逃したおっさんが、実は特殊メイクをした女子だった件について  作者: 丹羽坂飛鳥


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おまけ2(前編)

 目標だった魔法使いに無事就職できた、さらに後日のこと。


「それじゃ、おやすみなさい」


「おやすみ」


 行楽地に遊びに出た後、車でそのまま鈴華さんのアパートへ送り届けた。

 もはや寝る時間も近い十一時を過ぎている。


 遅くなったと思ったのだが、しかし鈴華さんは挨拶を交わしても降りなかった。

 どうしたのかと思っていると、彼女は少しだけ恥ずかしそうにうつむき、俺の袖を引く。


「……おやすみなさい」


 惜しむような言葉を言われながら、何かを待つように見上げて見つめられると、自然に吸い寄せられるような不思議な魅力がある。

 誰にも見えないことだけ確認し、唇をお互いにくっつけた。

 軽いキスに、それでも真っ赤になった鈴華さんが、研究室の仲間に配るというお土産を持って降りた。


「き、気をつけて帰ってくださいね」


「そうする」


 浮わついて事故などあってはならない。唇に残る柔らかい感触を思い出すのはアパートに戻ってからにしようと、見送ってくれる彼女と別れた。


 こんな調子で、俺たちはゆっくりと距離が縮まっていく。

 お父様からも魔法使い卒業の許可はもらったけれど、なるべくなら結婚してからの方がいいかと、大人としての理性は保っている。


 鈴華さんは修士課程の二年生になった。

 来年博士に進むらしいが、結婚は卒業してからにしようかと考えている。

 彼女が就職して落ち着いてからでも、俺は遅いとは思っていない。


 そんな秋の、ある日の飲み会。

 いつもの気兼ねしない仲間たちと、美味しい居酒屋で飲んでいた時のことだった。


「金太郎、もう鈴華ちゃんとやったん? 魔法使い卒業したん?」


「やってねえし。まだ魔法が使えない魔法使い楽しんでる」


 玉城は相変わらず平気で下ネタをぶっ込んでくるが、飲み会なんてそんなものだ。凛子さんも特に気にしない。

 鈴華さんは成人とはいえまだ学生なので、さすがに夜遅くもなるし付き合わなくても大丈夫だと伝えているが、たまに遊びに来てくれる。他の連中も彼女を連れてくることもあるので、女性同士でも遠慮なく話しているようだ。


「付き合って三年以上経ったんじゃない? そろそろ焦れてこない?」


 もはや子持ちの玉城と凛子さんがそう年月を数えている。

 二人の結婚前から付き合っているので、確かにそれくらい経った。月日というのはあっという間だ。


「あんまり気にしてないっす。むしろ今更青春してて楽しいなって思ってるくらいなんで」


「翔吾に奪われた分、しっかり楽しんでるんだ。じゃあいっか」


「俺に奪われたとか言うなって、凛子ぉ」


 相変わらず仲のいい二人がじゃれるのを楽しみながら、飲んだ。

 自分でも言ったように青春を謳歌しているのを感じる。

 デートに行って、ちょっとだけキスをするのを恥ずかしがって、また会いたい、次はいつ会おうか、なんて考えるのが楽しい。


「青春なら、指輪とか贈らないの?

 お揃いのペアリングとか私も欲しくてねだったけど、翔吾いっつもお小遣い使い切っちゃうから、なかなかもらえなかったんだよね」


「あ、知ってます。俺もバイト付き合わされたんで。短期のやつ。

 給料手渡しでもらって、速攻ジュエリーショップまで連れて行かれたの覚えてます」


「無駄に使わないように見張っててくれって頼んだら、ちゃんと付き合ってくれるんだから、金太郎最高!」


「懐かしいな。指のサイズが全然合わなかったんだよね。

 心配してくれる金ちゃんに自信満々で合ってるって言ったから、恥ずかしくて言えないって言う翔吾と内緒で交換に行ったの。あれは笑っちゃった」


 俺も笑った。玉城が凛子さんに「言うなって約束だろ」なんて文句を言って、拗ねているのも面白かった。

 楽しい二次会まで過ごして、アパートに戻って寝る準備を整える。

 鈴華さんに『ただいま。飲んできました』なんてメッセージを送ると『おかえりなさい。楽しかったですか?』なんて帰ってきて、いくつかやりとりをするのも楽しい。


 『おやすみ』までメッセージを送り終えると、ベッドに寝転んだ。

 携帯を枕元に置くと、なんとなく自分の指が目に入ったので、見つめた。


 生まれてこの方三十年以上が経ったが、指輪なんてしたことがない。


 確かに玉城はペアリングを買って付けていたが、早々に無くした。

 凛子さんに言えず、毎回付け忘れていることにしてとぼけていた。

 そのうち学校の遺失物に貼り出されて、バレて怒られたのまでが思い出のセットだ。


 ……指輪か。

 確かに毎年、誕生日などのプレゼントは鈴華さんに欲しい物を聞いている。

 可愛いパジャマやバスソルト、今年はアウトレットを一緒に見に行って、これが欲しいと言ってくれた靴を贈っている。


 ペアアクセサリーなんて考えたこともなかったが、女性は欲しいもの……なのかもしれない。

 普段は多くを望まない凛子さんも玉城に一年目の記念日に欲しいとねだって、婚約指輪に変わるまで大事にしていた。


 鈴華さんは「学生ですし、高価な物をプレゼントにもらうと恐縮してしまうので、ささやかな方が嬉しいです」と教えてくれた。

 だから贈るものは華美にならないように考えていたが……お揃いのアクセサリーは喜んでくれるだろうか。


 冷蔵庫から冷えたビールを取り出すと、ネットで検索をかけて調べる。

 手頃な価格の物も多いし、可愛らしい物から揃って付けやすいようなシンプルな物もある。


 正直、種類が多い。


 サイズ感もあるから一緒にお店に行くのが一番いいだろうが、宝石店なんて入ろうとしてくれない気がする……なんて悩んで検索していたら、随分と可愛らしく、彼女の指にも似合いそうな物を見つけた。

 全国展開しているお店がネットショップに出している物で、合わなければサイズ交換もしてくれるらしい。

 勝手に用意していい物なのか、凛子さんのように欲しがってくれるまで待つべきなのか、プレゼントのシチュエーションなんて物も合わせて調べたが、情報が多すぎて何が正解なのかと悩む。贈り物をスマートに渡せる呪文が俺に使えればいいのに。


 結局、思い切りが大事だとポチった。


 婚約指輪もそのうち考えているし、お互いにその前段階として用意したことにしてもいい……なんて言い訳をしながら携帯を置いて目を閉じる。

 鈴華さんの家には記入済みの婚姻届も保管されている。もはや婚約しているようなものだ。


 ……でも、どうやって渡そう。スマートさの正解ってなんだ。

 次の悩みを考えながら、ベッドの上でまた携帯を触って調べてを繰り返して、気づいたら寝ていた。

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