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6. ジルティアーナの後悔



泣いているエリザベスさんを見て、ジルティアーナの記憶の中から彼女の情報を探る。


エリザベス・スタンフォード。

スタンフォード家はフォレスタ王国の上級貴族の家系だ。さらに、彼女は人族との交流が少ないエルフの血を引いている。


本来ならエリザベスさんほどの人物は王族に仕えるべき存在であり、同じ上級貴族に仕えることはほとんどない。

それでも彼女がここにいるのは、クリスティーナが王女だった頃、彼女の側近として仕えていたからだ。


クリスティーナがヴィリスアーズ家へ降嫁した際、エリザベスさんは彼女から離れ、エルフの国へ渡った。しかし、孫娘を案じたクリスティーナが亡くなる間際、ジルティアーナのことをエリザベスさんに託したのだという。


ジルティアーナはエリザベスさんを姉のように慕っていた。そして、エリザベスさんもまた、主としてではなく、妹や娘のようにジルティアーナを可愛がっていた。



──そのジルティアーナは死んだ。おそらくは。



私は改めて自分の内側(なか)を探る。

けれど、そこにあるのはジルティアーナの記憶と、ここではない世界で生きた()の記憶、そしてその自我だけ。

肝心のジルティアーナの存在はどこにも感じられなかった。


エリザベスさんが言っていた、転生者と同じように、ジルティアーナは死んだのだ。

そう考えた方が、辻褄が合う。


「……ごめんなさい」



思わずこぼれた謝罪の言葉に、エリザベスさんが顔を上げる。


「ごめんなさい。ジルティアーナがどうなったのかは分からない。でも、記憶しかなくて、何も感じないの。だから、きっと……。

……もしかして、私が? 私がジルティアーナの身体を奪っちゃったから……?」


──話していて、恐ろしいことに気がついた。


もし、死んだ後のジルティアーナに私が入り込んだのなら、それはまだいい。

でも、もし……。


もし、私がジルティアーナを消してしまったのだとしたら?


私が、ジルティアーナを──


「……殺した?」


ぞくり、と背筋が凍る。


身体が震え、膝が崩れた。

自分がジルティアーナを殺したかもしれない。

その可能性に耐えられず、床に崩れ落ちる私の手を、そっと震える指でエリザベスさんが握った。


「違います。」


エリザベスさんは、涙に濡れたエメラルドの瞳で私をまっすぐに見つめた。


「以前お会いした転生者の方も、貴女も……身体の持ち主が亡くなったから、その人になったんです。

貴女が殺したわけではありません。」


静かだけれど、強く断言するその声に、私は息をのむ。


「謝らなければならないのは、私のほうです。

私がずっとお側にいれば……私がロストスキルのことを前もってきちんと説明していれば……

シャーロット様が退室された後、もっと早く駆けつけていたら……」


少し落ち着いていたはずの涙が、また溢れた。

リズは顔を覆い、肩を震わせる。


──こうしていたら。

──ああしていれば。


人は、何か悪いことがあると、そう考えてしまうものだ。

私もあの時……同じような後悔をした。


エリザベスさんの後悔は、計り知れない。


大切な人を失うこと。

それだけでも、十分に辛い。


──でも、ジルティアーナは病気や事故で亡くなったわけじゃない。


彼女は、自ら命を絶ったのだ。


あの時、こう言えば。

あの時、こうしてあげていたら。


──もしかしたら、死なせずに済んだかもしれない。


重くのしかかる後悔。

それを抱えて生きていかなければならない痛み。


……なんで?

なんでなの??


こんなに悲しんでくれる人がいるのに。

こんなに、貴女を想ってくれる人がいるのに。



どうして、自分で死ぬなんて選んだのよッ!!



込み上げる怒りとともに、ジルティアーナの最後の記憶が蘇った────。





血溜まりの中、横たわるジルティアーナ。


最初は焼けるような痛みがあったのに、次第にその感覚が遠のいていく──。


──これでもう、義母に虐められたり、シャーロットと比べられ、惨めな思いをしなくて済む。


もしもシャーロットが言った通りになったとしても、シャーロットの隣に立つエリザベスを見なくて済む。


そう思うと、ほっとした。


……わたくしが死んだら、シャーロットが言った通り、お祖母様に仕えていたみたいにシャーロットを支えるのかしら?

それとも、エルフの研究所に戻って、好きな研究をするのかしら?



リズ。今までごめんね。


わたくしなんかの侍女でいてくれて、ありがとう。

でも、もう大丈夫。


これからは、好きなことをたくさんしてね……?


──ジルティアーナ姫様。


ふと、リズが笑顔でわたくしを呼ぶ姿を思い出した。


──お祖母様の代わりにはなれないとは思いますが、クリスティーナ様が姫様を見守りたかった分まで、エリザベスがずっとジルティアーナ姫様のお側におります。

エルフの血を引く私は姫様よりも長く生きるでしょう。でも、姫様がいなくなるその時まで、ずっとお側にいさせてくださいませ。



────っ!!


そうだ……リズと、約束した。


「わたくしが死ぬまで、傍にいる」と──リズは言ってくれた。


『リズなら、侍女なんかじゃなく、もっといい仕事ができるんじゃない?』


そう言ったわたくしに、リズはいたずらっぽく笑って、こう返した。


──「給金ならそれなりに頂いてますし、研究室にいた時はずっと貯めていたんです。

私、姫様が思っているより、お金持ちなんですよ?」


そして、いつものようにシャーロットと比べられ、自分の無力さに泣いていた時……リズは言ってくれた。



──「私は姫様が大好きですよ。

ジルティアーナ姫様と一緒にいられることが、私の幸せなんです」


そうだった。


リズは、そう言って笑ってくれたのに。

『お婆さんになった時は、介護もお任せくださいね』なんて冗談を言って、二人で笑い合ったのに……。


なのに、わたくしは……。


自分の境遇を嘆き、欠点を数え、絶望に呑まれた。


お祖母様がいなくなっても、お母様が愛してくれなくても──

リズがいたのに。


義母に傷つけられ、ヴィリスアーズ家に自分の居場所を見つけられなくても──

わたくしには、リズがいたのに……っ!


わたくしは……──。


力の入らない腕に、恐る恐る視線を落とす。

手首を見ると、ぱっくりと裂けた傷口。そこから、血が溢れ続けている。


──わたくしは、なんてことを……!


リズとの大切な約束を、なぜ忘れていたのだろう!?


必死に傷口を押さえる。

右手で強く押さえるが、指の間から血が流れ続ける。


視界が白く霞み、頭がぼうっとする。

身体が冷えていく。


どうしよう……!

このままじゃ、死んでしまう──。


死にたくない。死んじゃダメだ!!


「だ、誰か……! リズ!!」


必死に叫ぶ。助けを求める。

立ち上がろうとする。


──でも、できなかった。


血を流しすぎたのだろう。

頭がくらくらする。脚に力が入らない。


足元の血で滑り、再び血だまりに身体を預ける。


ああ……。死んでしまうんだ。



ごめんね、リズ。約束、忘れていて。

ごめんね、リズ。約束、守れそうにないよ……。


ごめんね、エリザベス。


わたくしは──貴女がいたから、幸せだったんだ。


「リズ、大好き……」


そう呟いた瞬間、こんな状況なのに、わたくしは──


笑えた気がした。




そこで、ジルティアーナの意識は途絶えた──……。



「……どうされたんですか?」


目を見開き、涙をぽろぽろと零す私に、エリザベスさんが戸惑いながら声をかける。

私は静かに瞳を閉じ、彼女の名を呼んだ。


「……エリザベスさん。……いいえ、リズ。」


そして、ゆっくりと瞳を開き、はっきりと伝える。


「わたくしは……ジルティアーナは、リズのことが大好きだったんだ」


「え?」


突然の言葉に驚き、何のことかと混乱するエリザベスに、私は微笑んだ。


「ジルティアーナの最後の記憶を思い出したの。勢いで、あんなことを……。でも、最後の最後で後悔していた。

……リズ、貴女がいたからよ」



「!!」


エリザベスさんの瞳が大きく揺れる。私は言葉を続けた。


「ジルティアーナは、最後にリズとの約束を思い出したの。

『おばあちゃんになるまで傍にいる』って、あんなに真剣に言ってくれたのに……。

その約束を、守れないことを後悔していたのよ。」


そこまで言うと、胸がいっぱいになり、嗚咽が漏れた。

でも……だめだ。ちゃんと伝えなきゃ……。


「最後にね、ジルティアーナは言ったの。『リズのことが大好き』だって。

……何もできなかったんじゃない。ジルティアーナは、リズのおかげで幸せだったんだよっ!」


もう、感情がぐしゃぐしゃだった。


ジルティアーナの記憶、彼女の想い。

後悔と感謝。

リズと過ごした楽しい日々。

涙が止まらなくなって、もう《私》なのかジルティアーナの感情なのか、わからなかった。


こんなふうに泣いたことなんて、今までなかった。

……あの時だって、こんなふうには泣けなかったのに。


嗚呼、そうか……。


ジルティアーナは最後の瞬間に、後悔していたんだ。


怯えて、弱虫だったジルティアーナ。

イザベルに虐められ、すぐに涙を零したジルティアーナ。

自分の不幸ばかり見つめて、幸せに気づけなかったジルティアーナ。


そんな彼女を、私はどこか好きになれなかった。

そして、自ら死を選んだことに怒りさえ覚えた。


でも──


最後の最後で、彼女は後悔していた。

生きたいと願っていた。


「……そうだったんだね」


心の中でそう呟くと、少しだけ彼女のことを、

ジルティアーナのことを、好きになれそうな気がした。


冒頭のジルティアーナの記憶は、死んだジルティアーナの記憶なので、実際とは違う部分もあります。



次回、今の私。

自分の感情がコントロール出来なくて戸惑います。


翌日更新予定です。


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