53.フェラール商会
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「いかがでしょうか？」
そう言って手鏡を渡され、そっと覗き込むと──……
そこには、見違えるようなジルティアーナの顔が映っていた。
肌荒れの酷かった顔は見違えるほど健康的になり、くすみも消えて明るく見える。
そばかすも完全には消えていないけれど、しっかりカバーされていて、ぱっと見では分からない。
ハイライトで鼻筋が通って見え、のっぺりとしていた顔立ちがすっきりとした印象に変わっていた。
唇にはほんのり赤みを差し、艶が出てふっくらと健康的に見える。
そして、何より大きく変わったのは目元だ。
整えられた眉に、ブラウンのアイブロウで丁寧に描き足され、
薄いブラウンのアイシャドウをアイホール全体に。目のキワと目尻にはピンクのアイシャドウがアクセントとして加えられ、目尻はぼかされている。
さらに、下まぶたにはラメがのっていて、目元がぱっと明るく、大きく見えた。
まるで別人のように、野暮ったさのない洗練された顔立ち。
「ありがとうございます。さすがですね！」
思わず褒めると、お姉さんは「ありがとうございます」と上品に微笑んだ。
さすがはデパートの美容部員……ならぬ、この世界のメイク担当のお姉さん。
でも、ちょっと気になることがあって、私は聞いてみた。
「チークは入れないんですか？」
「チーク……ですか？
それはどういったものでしょうか？」
チークを入れた方が血色や立体感が出るんじゃないかと思ったのだけれど──どうやら、この世界には“チーク”という発想が存在しないらしい。
当然、そういった化粧品もないのだとか。
だったら……
「そこの口紅を使わせていただいてもよろしいですか？」
「はい。ただ……お嬢様には少し濃すぎるかと……」
「唇に塗るわけではないので、大丈夫ですよ」
不思議そうな顔をするお姉さんを横目に、私は自分の手の甲にその口紅をのせ、指で軽くトントンと叩いてみる。
……うん、いい感じ！ 色もちょうどいい。
リズに頼んで、手鏡を顔の前に掲げてもらいながら、指に取った口紅を頬の高い位置にポンポンと叩き込むようにしてのせていく。
チーク代わりに──。
うん、上手くいった！
血色がよくなり、顔に立体感が出た。
なんだか肌の透明感も増した気がする。
満足して鏡を見ていると、お姉さんが感嘆の声をあげた。
「口紅を……唇以外に塗るなんて初めて見ました。でも、そうした方が血色が良くなって、とても素敵です……っ！」
「でしょ？
ファンデーションを塗っても血色が悪くならないなら必要ないと思うけど、顔色が白くてのっぺりしてしまうときには、チークを入れると健康的に見えるし、立体感も出て、小顔効果もあるのよ」
「…………そうなんですね。
あの、よろしければ……その“チーク”という方法を、今後お店で他のお客様にも使わせていただいてもよろしいでしょうか？」
「構いませんけど……だったら、口紅よりもアイシャドウで代用した方がいいかも。
口紅だと肌荒れのリスクもあるし、慣れないと扱いづらいから」
「……！ 他にもやり方があるんですか！？
あの、ちょっと待っていていただけますか？」
そう言うと、お姉さんは勢いよく裏へ下がっていった。
「どうしたんだろうね？」
不思議そうにするリズに、私は笑いながら答える。
「……その“チーク”というのは、また日本での知識ですか？」
「うん。さっきも言った通り、血色が悪くなければ塗らなくてもいいけど、日本では普通に知られてるメイク方法よ？」
「…………私自身、あまり化粧をしませんし、姫様も化粧を嫌がっておられたので、あまり詳しくないのですが……その“チーク”というものは初めて見ました。
ウィルソールで一番の大店であるフェラール商会の美容担当者が知らないくらいですし、この世界には──少なくともこの国には存在しない方法だと思います」
「フェラール商会？」
なんだっけ？ どこかで聞いたような……と考えていると、リズが察したように教えてくれる。
「フェラール商会は、ミランダ様の嫁ぎ先の商会ですよ」
そう言われて、脳内に再生されるのはヴィリスアーズ家を出発する時の、ミランダさんの言葉。
『ウィルソールで、私が嫁いだフェラール家は商会を営んでるの。ぜひ、クリスディアに行く前にウィルソールに立ち寄ってちょうだい』
──あぁ、そうか。ここが、ミランダさんの嫁ぎ先か。
って、ウィルソールで一番の大店！？
「さすがは、ミランダお姉様！ 凄い家に嫁がれたのね……」
感心していると、先ほどのメイクのお姉さんが戻ってきた。
その後ろには、これまた爽やかなイケメンが。
思わずその男性を見てしまう。
細身の身体に、仕立ての良さがわかる紺色のスリーピーススーツ。
白いワイシャツに、ダークレッドのリボンタイという装いが印象的。
長めの青い髪に、シルバーフレームの眼鏡をかけたその姿は、いかにも“できる男”といった雰囲気だ。
でも、眼鏡を外したら──可愛らしい系統の顔立ちで、本当はジャ〇ーズにいそうな感じなんじゃないかな、なんて思った。
その男性は私の前に来ると、綺麗な礼をとって言った。
「お待たせいたしました。
私はこの店、フェラール商会の責任者をしております。ギルベルト・フェラールと申します」
作中にも書きましたが、口紅をチーク変わりにすると肌荒れの原因になることもあるらしいので、ご注意ください。
次回、54.チークの入れ方
