38.お魚食べたい
「オリバーさん、ごちそうさまでした。
今日の夕食も、とっても美味しかったです!
全部美味しかったですが、ペンネ・アラビアータが特に絶品でした!」
私がそう感想を伝えると、オリバーさんは目を見開き驚いたように言った。
「さすが……ですね。
ペンネ・アラビアータは私が他国で食べた味を再現したものなんですよ。
ペンネもアラビアータに入れた香辛料も、フォレスタ王国ではあまり使われませんから、
料理名をご存じの方に出会ったのは初めてです」
……あら、やだ。そうだったの?
ちなみに料理名は、日本で呼ばれていたものと同じ。
というか、日本で似た料理を思い浮かべて口に出すと、自動的に【翻訳】されるっぽい。
「レシピを教えてくださって、ありがとうございました。
フライドポテトにマヨネーズ、とても評判が良かったです。
皆さん、初めての味だと言っていましたが、『美味しい!』と大好評でしたよ」
オリバーさんはにこやかにそう報告してくれたが、すぐに表情を曇らせた。
「僕が海外で食べた中で一番美味しかったアラビアータには……挽き肉が使われていたんです。
同じように作りたかったんですが、フォレスタ王国では難しくて。残念です」
――例の決まりのせいですね。
肉は基本、お貴族様しか食べられないっていう、あれ。
アラビアータって、挽き肉を入れてもいいし、鶏肉や魚介と一緒に炒めても美味しいのに。
肉や魚が使えれば、レパートリーもぐっと広がるのに……。
この世界に来てから、ヴィリスアーズ家で出された料理は──おにくとオニクと肉とNIKU!!
書き方を変えても、意味は同じ。
要は、肉しか出なかった。
本来、お肉は大好きだ。
でも、あれだけ毎日毎日。米もなく、野菜もほとんど出ず。
日本の美味しい肉だったとしても、飽きる自信がある。
それがギトギトで、ゴムみたいな仕上がりだったりしたら、もう無理。
でも、オリバーさんが作ってくれるなら、きっと美味しいんだろうなあ……。
改めて、「平民は野菜、肉はお貴族様のもの!!」という謎ルールが憎らしく思えた。
……オヤジギャグではありませぬ。
もうお肉嫌いだ──! と思っていたのに、
オリバーさんのおかげで、早くもお肉が恋しくなった。
魚料理も……
この世界に来てからまだ食べたことがないけど、どうせトンデモ料理なんだろうなって期待してなかった。
でもオリバーさんが作ってくれるなら、魚だってきっと美味しい。
「オリバーさんの魚料理、食べてみたいな」
つい、そんな願望が口から漏れてしまった。
「魚……ですか?」
「魚って、美味いのか!?」
……オブシディアンの“美味いもの感知センサー”に反応されてしまった。
「私は……魚料理好きだよ。
クリスディア領に行けば食べられるんだよね?」
「ええ。クリスディアには海がありますから。
今は貴族はマニュール家しかいませんが、捕れた魚の大半は隣町のウィルソールに出荷されているようです」
「じゃあ、クリスディアに着いたら魚料理を作ってくれ!!」
興奮気味に頼み込んでくるオブシディアンに、「はいはい」と返すと、リズが意味ありげに私を見て微笑み、「ただ……」と続けた。
「これからのクリスディアでは、どうなるでしょうね。
魚は、一般的には平民が食べることは許されていませんが、それを決めるのは領主。
今後はジルティアーナ様がお決めになるのですから。
クリスディアの食文化が、大きく変わるかもしれませんよ?」
「そうなの!? わた……
ジルティアーナ様なら、平民にも魚を食べることを許可すると思う!」
あっぶな。
危うく「私が決めていいの!?」って言いそうになったけど、オリバーさんがいたのを思い出して誤魔化す。
肉は貴族のもの。魚もまた然り。
平民にとって肉は、加工品でなら口にする機会もあるけれど、魚はそれすら無縁。
だって、海がないと獲れないし、たまに下賜される程度。
漁をするのは平民なのに、獲れた魚は全部お貴族様のものって、どういうこと?
いやいやいや、おかしいでしょ!?
理不尽すぎるって!!
そんな話をしていたら、オリバーさんが口を開いた。
「皆さんは……これからクリスディアへ向かわれるんですね。
ジルティアーナ様というのは、ヴィリスアーズ家のご令嬢では?」
名前を言っただけで家までバレるとは。
……って思ったけど、そういえばジルティアーナの部屋で見た歴史の教科書に、ヴィリスアーズ家のことが載ってた。
やっぱりこの国じゃ有名人なんだ。
それがまさか自分だという事実に、ひっそり震える。
はっ! と、オリバーさんが何かに気づいたように顔を上げた。
「……! もしかして、ティアナさんは……
ジルティアーナ様!?」
!!!?
──え、バレた!? と思ったのも束の間。
「……の、専属料理人なんですか??」
………………。
「……いえ。違います」
うん、嘘はついてない。
次回、マリーさんのお願い




