335.白虎とオークと私の決断
「ふふん。ティアナ、まかせてね!!
ネージュ、ティアナのこと……ぜったい守るから!」
その無邪気な声に、胸がきゅっと締めつけられた。
「……うん。ありがとう、ネージュ」
手入れされた芝生の上で震えているオークたちの横で、
私はそっとネージュの頭をなでた。
白い毛並みは温かく、指先をすべるたび、彼女は気持ちよさそうに目を細める。
見た目は可愛い十歳の少女。
でも、その正体は誰より頼れる白虎だ。
庭の植木が風にさわさわ揺れ、
そこだけは平和そのものなのに──
血の匂いが一筋、空気に混じっていた。
「では、とりあえずこの一体を解体しましょう」
オリバーさんが、倒れたオークを淡々と確認する。
屋敷の白壁を背景にした“解体宣言”は、場違いすぎて逆に静かだ。
「そうですね。あとの四体は……」
リズが残りのオークたちへ目をやると──
「……おとなしくしていますね。
ネージュ様のおかげで、魔力を叩き込む必要すらなさそうです」
「ぶも……(逆らったら死ぬ……)」
「ぶもぉ……(この白虎、ほんとに怖い……)」
ぶもぶも震えるオークたち。
※内容は私の脳内補完である。
巨体を小さく丸め、芝生の上でぷるぷる震えながら涙目。
貴族の庭に、こんな光景が広がる日が来るとは……。
(……なんか、かわいそうになってきた……)
その時、一体のオークがうるうるした瞳でこちらを見上げてきた。
「ぷぎぃ……っ!」
(うそ……そんな目されたら……!
反則でしょ……!!)
「……ねぇ、みんな」
声をかけた瞬間、全員の視線が集まる。
「この子たち、一旦……飼育するっていうのは……どうかな?」
静寂。
次の瞬間──
「「「えぇぇぇぇぇーーー!!?」」」
絶叫が屋敷の外壁に反響した。
リズは額に手を当て、深いため息。
「ティアナ様……魔獣を飼うだなんて、聞いたことがありませんよ?」
ステラは不安そうに手を挙げる。
「あ、あの……オークを……飼う?
そんなこと、本当にできるのでしょうか……?」
レーヴェは腕を組んで首を振る。
「無理だ。
オークは魔獣で空も飛ぶ。
人間族の住居で飼育など……危険すぎる」
エレーネさんも苦笑しながら補足する。
「それに……この庭に柵を作っても、風魔法で浮かれたら逃げますよ?」
「……だよね……飛ぶんだよね……」
くるくる空中で回っていた丸っこい姿が脳裏をよぎる。
(でも……今すぐ全部を殺す必要は……ないよね……)
そこへ、ネージュが純粋すぎる声で言った。
「ええ!? ティアナ、オークのお肉……食べれないの!?」
「ち、違う違う違う!!」
私はあわてて手を振った。
「お肉は全然食べるよ!?
今日だって、あの一体は解体するし!
ただ……“今すぐ全部殺して処理する”のが、ちょっと……抵抗あっただけで……」
ネージュは胸を押さえて、ほっと笑った。
「よかったぁ……ティアナがお肉嫌いになったのかと思った……!」
「なってないからね!?」
オリバーさんが真面目に頷く。
「……確かに。食べる直前に解体した方が鮮度が保てますし、
今日、無理に全て処理する必要はありませんね。
理にかなっています」
(……よかった、理解してくれた)
そう思った瞬間──ひらめいてしまった。
「──飛んで逃げられないようにすればいいんだよね?」
リズが“絶対に嫌な予感しかしない”顔でこちらを見る。
「……ティアナ様?」
私はにっこり微笑んだ。
「だったら、オブシディアンがくれた“予備のマジックバッグ”!
あれに入れて飼えばいいんじゃない?」
ぽかーん。
そして。
「「「はぁぁぁぁぁぁ!?!?」」」
庭の小鳥が飛び立つほどの悲鳴が響いた。
レーヴェは頭を抱える。
「マジックバッグに、生き物を……!?
そんな前例、聞いたことがありませんよ……!」
ステラは完全に混乱している。
「そ、そんなこと……本当に可能なんでしょうか……?」
エレーネさんは両手をぶんぶん振る。
「む、無理ですティアナ様!!
あれは物をしまう空間で、生き物を入れたらどうなるか……!」
そこへ、リズが静かに言葉を落とした。
「……面白いかもしれませんね」
「えっ!? 可能なんですか!?」
エレーネさんが驚くと、リズは肩をすくめて答える。
「理論上は可能ですよ。
マジックバッグは固定空間で、生体を拒む性質はありません。
ただ──」
リズは私を見て、目を細めた。
「普通はそんな発想、しません。
高価で希少な魔道具を……オークの“家”にしようだなんて。
それを思いつくのは──」
ふっと笑う。
「あなた以外、いませんよ」
「えぇ……そんなに?」
「えぇ。そんなに、です。
──でも、それがあなたの、一番面白いところなのですがね」
その笑顔に、胸の奥がほのかに温かくなった。
(……まあ、リズが笑ってるなら、悪い意味じゃないよね)




