表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スキルをよみ解く転生者〜文字化けスキルは日本語でした〜  作者: よつ葉あき
聖霊の住む森

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

327/338

326.名も無きごちそう


シルヴィア様は、テリルさんの言葉を静かに聞いていた。

やがて、そっと微笑みを浮かべる。


「……本当に、すてきですね」

その瞳は、まるで柔らかな陽の光を映したようにやさしかった。


「そんなお店があるなんて……わたくしも行ってみたいです。

できれば──お礼を伝えたいです。この味を作ってくださった方々に」


「ありがとうございます。おにぎり屋の者たちも、きっと喜ぶと思います」


そんなやりとりで部屋の空気がやわらいだ、そのとき──


コンコンッ、と軽いノックの音が響いた。

入室の許可を出すと、ネロくんが顔をのぞかせる。


「失礼いたします。先ほど、ミアが“これ”を持ってきてくれました」


そう言って持ち上げたのは──


「おにぎり屋の、本日の日替わりの味噌汁──豚汁です」


「みそしる?」

「とんじる?」


ネロくんの言葉に、皆が小首をかしげる。

それを見たフレイヤ様が、胸を張って説明した。


「おにぎり屋では、お店で食べる方への“おまけ”として、日替わりのお味噌汁というスープが付くのですよ!」


得意げな彼女に、ミランダお姉様がくすりと笑う。

「そんな常連みたいに言って……フレイヤも、まだ二回目でしょ?」


「へへへっ……」

フレイヤ様は照れたように頬を掻いた。


ネロくんは手際よく用意したお椀に味噌汁をよそい、湯気がふわりと立ちのぼる。

部屋いっぱいに、香ばしい香りが広がった。


「……いい香り」

シルヴィア様が思わずつぶやく。

その声音は、まるで春の陽だまりを見つめるように柔らかかった。


「これは、味噌という調味料を溶かしたスープなのです」

お姉様が穏やかに説明を添える。


「豆を発酵させて作るもので、少し独特な香りですけれど……飲むと不思議と落ち着くのですよ」


「発酵……豆……?」

シルヴィア様が小首をかしげると、テリルさんが早速手を伸ばした。


「とりあえず飲んでみるっす! 冷めないうちに!」


湯呑に注がれた豚汁からは、ごま油と野菜の甘い香りが立ちのぼる。

人参の橙、白い大根、そして柔らかそうな肉が顔をのぞかせていた。


「では……いただきます」

シルヴィア様がゆっくりと口に運ぶ。

一口すすった瞬間、ほんのりとした塩気と香ばしさが舌に広がった。


「……あたたかい」

思わずこぼれたその一言には、味だけでなく、心を包むぬくもりが込められていた。


「お口に合いましたか?」

私が尋ねると、シルヴィア様は小さく頷いた。


「ええ……まるで、心の奥まで温めてくれるようです」


その隣で、テリルさんが感激したように声を上げた。

「これ! お肉が入ってるっす! おにぎりとも相性ばっちりっすね!」


「おにぎりと一緒に食べると、より味が引き立ちますね」

フレイヤ様も満足げにうなずく。


ヴェルドさんは腕を組みながら、少し真剣な顔で言った。

「このスープ……旨味が深い。野菜も柔らかくて、丁寧に煮込んであるな」


「豚汁は、日替わりの中でも人気なんですよ」

私が微笑むと、エステルさんがそっと湯気に目を細めた。


「この香り……不思議ですね。初めて飲んだのに、とてもほっとする味です」


ヴェルドさんが、豚汁に入っていた肉をスプーンで掬いながら言った。

「おにぎり屋は……平民向けの食事処ですよね? 肉も出しているのですか?」


お姉様と私は顔を見合わせ、私は小さく笑った。


「実は……“屑肉”ということにして、館からお店へ卸しているのです」


「屑肉……ということにして?」

エステルさんが首を傾げる。


「ええ、建前です」

私はそっと声を落とした。

「本当は良質な肉なのですが、“領主が肉を贈った”と知られたら、かえって皆が遠慮してしまうでしょう?

だから“たまたま出た余り物”という体で分けているのです」


「なるほど……優しいやり方ですね」

ヴェルドさんが感心したように頷いた。


「この子ったら……最初は、もっと大胆な案を出してたのよ?」

お姉様がにやりと笑う。


私はあの時のことを思い出し、苦笑した。

「最初は“ケバブ屋をやりましょう!”って提案したんです」


「ケバブ?」

今度は全員がそろって首をかしげた。


私は言葉を選びながら説明する。

「ケバブというのは……大きな肉の塊を串に刺して、回転させながら炙って、薄く削いでパンに挟むんです。

 屋台にしたら楽しそうだと思ったんですけど……」


「それ、絶対楽しいっす!」

テリルさんが目を輝かせる。


「けど、平民が見たら……」

「……びっくりするでしょうね」

ヴェルドさんとエステルさんが苦笑を浮かべた。


「ええ。お姉様や側近たちに反対されて、結局ケバブ案はお蔵入りになりました」

私は肩をすくめる。


「そこで、館で出た“屑肉”という体で小間切れ肉を使うことにしたんです。

豚汁やそぼろにすると、驚くほど美味しくて」


「屑肉という名の……ごちそう、ですね」

シルヴィア様が静かに言った。

その声には、温かな敬意がこもっていた。


「おにぎりも豚汁も、誰かの笑顔のために作っているんです。

それが、味をやさしくしているのかもしれませんね」


湯気の向こうで、味噌と米の香りがやわらかく混じり合う。

その匂いは、まるで街そのものの息づかいのようだった。


シルヴィア様が、静かにお椀を置く。

「……わたくし、この街のことをもっと知りたいです。

人々がどんなふうに食べ、どんな顔で笑っているのか。見てみたいです」


私は微笑んで頷いた。

「ええ。ぜひ、一緒に歩きましょう。この街には、素敵な場所がたくさんあるのです」


シルヴィア様がやさしく笑う。

そして部屋の中には、また穏やかな笑い声と、温かい湯気が広がっていった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ