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スキルをよみ解く転生者〜文字化けスキルは日本語でした〜  作者: よつ葉あき
聖霊の住む森

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318.光が灯る街


夕暮れが街を包みこみ、窓の外がやわらかな藍に染まっていく。

昼間の喧騒が静まり、クリスディアの街はまた違う顔を見せていた。

リュミエール商会の灯りと、魔法ランプの街灯が通りを穏やかに照らしている。


かつてこの街では、夜になると治安が悪くなり、

女子どもが外を歩くことなど、ほとんどなかった。


ふと窓の外に目を向けると、街灯の下を小さな親子が歩いていた。

母親が娘の手を引き、少女は何かを話して笑っている。

その笑顔が、魔法ランプの光にやわらかく照らされていた。


けれど今は、そんな光景もすっかり当たり前になった。

それが嬉しくて、胸の奥まで少し明るくなる。


部屋を振り返ると、ルナが食後の満ち足りた顔で、ステラの膝の上に丸くなっていた。

尻尾がときどき小さく揺れ、夢の中でも幸せそうだ。


「……たくさん食べて、遊び疲れたようだな」

レーヴェがそっとルナの顔を覗き込み、微笑む。

ステラが頭を撫でると、ルナの耳がぴくんと動いた。


私は湯気の立つハーブティーを手に取り、

テーブルの向かいに座るミランダお姉様へと視線を向けた。


「……こうして皆で食卓を囲むの、久しぶりな気がします」


「そうね。どこか昔を思い出すわ」

お姉様はカップを口に運び、穏やかに目を細める。


「あなたが“この街を変えたい”と言ったとき、正直、無茶だと思っていたのよ。

でも、こうして笑い声が聞こえる夜を迎えられるなんて……ね」


私は小さく笑った。

「私ひとりでは何もできませんでした。

お姉様をはじめ、みんなが支えてくれたから……本当に、ありがとうございます」


「相変わらず素直ね」

お姉様はくすりと笑い、カップを置いた。

「でも、そういうところがあなたらしいわ。

人の力を信じて動ける人なんて、そう多くないもの」


窓の外から虫の声が響き、風がカーテンを揺らす。

香草のほのかな香りが、部屋の中に広がった。


少し離れた場所では、リズがアイリスさんと一緒に後片付けをしている。

二人の笑い声が、穏やかに部屋を満たしていた。


「……お姉様」

私はそっと問いかける。

「この街は、これからどんなふうに変わっていくと思いますか?」


お姉様はしばらく考え、目を細めた。

「そうね……きっと、ゆっくりと。でも確実に“暮らす街”になるわ。

働くためじゃなく、生きるために人が集う場所に。

あなたが蒔いた種は、もうちゃんと根を張っているもの」


胸の奥がじんと熱くなる。

どれほど努力しても、誰かの言葉に救われる瞬間がある。

この人の声は、いつもそうだ。


お姉様は部屋を見回し、穏やかに続けた。

「閉鎖的で、人間族以外は暮らしにくいこの国だけれど……

ここにはエルフも獣人もいる」


眠るルナを見やりながら、微笑む。

「ネージュ様たちだけでなく、この地に住まう聖霊様と関わることになるなんて……」


お姉様は一度まぶたを閉じ、ゆっくりと息を吐いた。

やがて瞼を開き、まっすぐに私を見つめる。


「貴女なら……人と自然が、もう一度手を取り合えるかもしれない。

この地に住む者も、幸せを求めて訪れる者も。

人間の暮らしだけでなく、エルフも、獣人も、聖霊様さえも──

共に生きられる未来を築ける気がするの」


私は言葉を失った。

胸の奥で、静かに何かが灯るのを感じる。

お姉様の言葉が、ゆっくりと心に染み込んでいく。

“共に生きられる未来”──その響きが、心のどこかをそっと震わせた。

私は何も言えず、ただ静かに頷いた。


お姉様はくすりと笑う。

「貴女は、自分が欲しいと思うものを作りなさい。

面倒なことや難しいことは、私やエリザベス、アイリスに任せればいいわ」


「そんな……私ひとり、好きにするなんて……」

私がそう口にすると、お姉様は首を横に振った。


「貴女の“前の世界での知識”と、自由な発想がこの街を動かしてきたのよ。

だからこそ、これからもあなたらしくいてほしいの」


「ええ、その通りです」

その声に振り向くと、いつの間にか片付けを終えたリズとアイリスが立っていた。


ふたりはにこりと微笑んだ。

その瞳は、まるで未来を映すように輝いている。


「ミランダ様のおっしゃる通りです。ティアナ様は思うように動いてください」

リズが穏やかに言うと、アイリスも頷いた。


「ええ、“実現は大変かな”“予算がかかりすぎる”なんて考えずに、

まずはミランダ様や私たちにご相談くださいませ」


「そうね」

お姉様は小さく笑って、テーブルに視線を落とした。

「無理なら無理って、ちゃんと言うわ。

でも、全部はできなくても、きっと何かできるはず。──みんなで考えましょう」


その言葉に、胸の奥が温かく満たされていく。

“ひとりじゃない”──その確かな実感が、心の中に根を張っていた。


窓の外では、魔法ランプの光が静かに揺れている。

通りを歩く人々の笑い声が、風に乗って遠くから届いた。

いつか夢見た光景が、確かにここにある。


「……ありがとうございます、皆さん」

私はそっとカップを手に取り、微笑んだ。

ハーブティーの香りが、夜の静けさに溶けていく。


ルナの寝息、カーテンを揺らす風、柔らかな灯の明かり。

どれもが穏やかに、この街の“今”を照らしている。


──この温もりを、ずっと守っていきたい。

そう願いながら、私は静かに目を閉じた。




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