29.卵の割り方
マイカちゃんの手に卵を渡す。
じっと卵を見つめるマイカちゃん。
「よし! じゃあ……やってみるね!」
「うん!」
マイカちゃんは卵を握りしめ、大きく振りかぶって、思いっきりボウルに──
て、ちょっと待って!?
「ちょーーーーと、まった!!」
「え!?」
ビクッと動きを止めるマイカちゃん。
「な、何??」
「なんでそんな振りかぶるの!?」
「……え? 卵ってヒビ入れないと、割れないよね??」
「いや、まぁ……そうなんだけど……」
あの勢いでボウルに当てたら、ヒビが入るどころかグシャッ! ってなるでしょ!?
「軽く叩くだけでいいんだよ? ボウルの角とかに当てると殻が中に入りやすいから、平なところで……あっ、そうだ!」
ふと、あるやり方を思い出し、私は両手に卵を持った。
「見ててね?」
コンコンッ!
軽く、2つの卵をぶつける。すると──
「……あ! コッチの卵に、ヒビが入ってる!」
「ふふふ。面白いでしょ?
卵と卵を軽くぶつけると、片方だけヒビが入るんだよ。しかも、もう片方は無傷!」
「すごい!!マイカもやってみるね!」
無傷の卵をマイカちゃんに渡すと、彼女は先ほどの卵とコンコンッとぶつけた。
「わぁ! できたぁ!」
「上手だよ。じゃ今度こそ割ってみようか?」
「うん!!……んぐぐぐ」
「まったーーーー!!」
またもストップをかけた、私。
今度はなに!?
て、目で見ないで……。
「マイカちゃん……もしかして片手で割ろうとしてる?」
「?? だって、卵って……片手で割るものでしょ? お父さんだって、お姉ちゃんもそうやって割ってたでしょ?」
まじか。
この世界では【調理】スキルがないと料理が出来ない。だから、家庭で料理をする光景を見たことがない人がほとんど。
貴族など富裕層は料理人を雇うし、それが難しい庶民は食堂や屋台でご飯を買うのが常識らしい。
でも、マイカちゃんの父親は、この街一番の料理人オリバーさん。
なら、見よう見まねで料理ができるんじゃないかと思ってたけど……まさか、そんな落とし穴があったとは!
「慣れると片手で割る方が早く出来るけど、最初は両手のほうがやりやすいよ。」
「……両手??」
うん。見たことないなら分からないよね。
「じゃあ、やってみせるね?」
私はヒビの入った卵を持ち、両手の親指を添えて——
「こうやって、ゆっくり左右に開くの」
パカッ。
卵が割れて、中身がスムーズにボウルに落ちた。
「これなら……マイカもできるかも! やってみるね? ヒビに親指を……あ、できたぁ!!」
「マイカちゃん、上手!!」
思わず拍手すると、マイカちゃんは顔を輝かせ興奮気味にオリバーさんの方を見る。
「お父さんみてた? マイカ、卵割れたよ!? すごいでしょ!!」
「ああ……。すごいな、マイカ」
驚いたように目を見開き、マイカちゃんの頭を撫でるオリバーさん。
ボウルを覗き込み、感心したようにうなずいた。
「ちゃんと……できてるな」
殻は綺麗に割れ、黄身も潰れず上手にできている。
マイカちゃん大成功!
「……驚いたよ。
何回かマイカにせがまれ、挑戦させた事はあったのですが……全く上手くいかなかったのに、まさか1回で綺麗に出来るなんて……」
そして、さらにオリバーさんは私のやり方に驚いていた。
「卵を2個ぶつけてヒビを入れるなんて……それに、両手で割るなんて……初めて見ました」
ええええ!?
卵を2個ぶつけるヒビの入れ方はもかく……普通は両手で割るもんじゃないの?
詳しく聞いてみると、オリバーさんの天職は【料理人】。
初期スキルに【卵割り】があり、スキルを使えば、適当にぶつけるだけで卵が上手に割れる らしい。
……つまり。
この世界の料理人は、そもそも「卵を割る技術」を練習したことがない
だから、「両手で割る」という概念自体がなかったんだとか。
他の料理人仲間も同様で、天職とともに【卵割り】を習得するから、割り方を練習したことすらないらしい。
うん……そりゃ『普通はスキルがないと卵が割れない』って言われるわけだよね。
とはいえ、教え方さえ分かればスキルなしでも割れる。
試しに、今まで卵を割ったことのないリズにも挑戦してもらった。
パカッ。
「おおっ!? できた!」
うん、ちゃんと教えたら一発でできたよ。
彼女の優秀さもあるかもしれないけど……結局、今までのやり方が悪かったんだと痛感した。
……思い込みって、怖いわー。
【調理】スキルを持ってないと、料理は出来ない。
というこの世界の常識のようになってしまってる先入観と、仮に【料理人】が調理を教えようとしても【調理】スキルを持ってる人は、やり易いやり方を考えたりもあまりせず、自然に出来てしまうので、教え方も下手すぎる=スキルを持っていない人にとっては、料理がとても難しいものだった。という事でした。
次回、【調理】成功
完成した料理を実食します。




