253.耳と尻尾の王族たち
シルヴィア・フォレスタ。
この国の王女であり、本来なら王族という頂点に立つ存在──のはずだった。
けれど彼女の立場は、決して単純ではない。
その母は、族長の娘とはいえ獣人族。
つまりシルヴィア王女は、王家の血とともに、差別の対象とされてきた獣人の血を引いている。
人間族と獣人族。
深い隔たりがあるこの二つの種族は、そもそも婚姻自体がきわめて稀だという。さらに、他種族間で子どもが生まれる確率は低く、たとえ生まれても、たいていはどちらか一方の特性が色濃く現れるらしい。
そんな中、王に側室として迎えられた獣人族の妃は、ふたりの子を産んだ。
シルヴィア王女と、その兄。
同母の兄はミランダお姉様と同学年の王子で、差別的なあだ名ではあるけれど……“尻尾の王子”と呼ばれていたと、ジルティアーナの記憶にある。
ふたりとも、父である国王譲りの輝く金髪に、母ゆずりの金色の瞳。
整った容姿は、まさに“王族の器”と称えられるほどだった。
──けれど。
兄には、ふさふさの尻尾。
妹の頭には、獣の耳。
それは獣人族の証。
完全な人間でもなく、完全な獣人でもない。ふたりは“和解の象徴”として生まれたはずなのに、その姿は“中途半端”と見なされた。
フォレスタ王国の歴史は、人間族が支配層とされ、獣人族は長らく抑圧されてきた。
族長の娘が王に迎えられたことで、形式的には「和解」として祝福されたけれど、現実にはそううまくはいかなかった。
人間族の中には、「王族の身で獣の特徴を持つとは……」と冷ややかに見る者もいる。
一方で獣人族からは、「王族の血を引いた裏切り者」として憎しみの目を向けられることもあった。
──それが、ジルティアーナの記憶にある、シルヴィア王女を取り巻く背景。
でも、そこまで覚えているわりに、ひとつだけ引っかかることがある。
「……シルヴィア王女って、私と同い年ですよね? アカデミーでお見かけした記憶がないのですが……」
そう口にした瞬間、ミランダお姉様とヴィオレッタ様、フレイヤ様の三人が、どこか困ったような表情を浮かべた。
私は──というか、ジルティアーナは、社交が苦手で友達も少なかった。
けれど、上級貴族の筆頭・ヴィリスアーズ家の令嬢として、アカデミーではそれなりに存在感があったはず。
それに王女が同年代で在学していたなら、式典や授業で顔を合わせる機会があって当然だ。
なのに、まったく記憶がない。
兄である王子は、私の入学する一年前に卒業したと記憶しているのに──妹のシルヴィア王女の在学記録は、ぽっかり抜け落ちている。
私の問いに、ヴィオレッタ様が代表するように静かに口を開いた。
「それはね……私が原因です」
「えっ!?」
反射的に声が出た。
すぐさま、フレイヤ様とミランダお姉様が反論する。
「ヴィオレッタ様、それは違います! 悪いのは全部、あのアタマカール様ですよっ!」
「ええ、フレイヤの言うとおりですわ。ヴィオレッタ様とフレイヤはむしろ被害者です」
けれどヴィオレッタ様は、ゆっくりと首を横に振った。
「ええ……もちろん、悪いのはアタマカール殿下だと私も思ってるわ。でも、あのとき──いえ、あの卒業パーティーでの事件が起きる前に、私がもっと早く、うまく動いていれば……あんな騒動にはならなかったはずなの」
「それは……っ!」
フレイヤ様は何か言いかけて、視線を落とした。
──っていうか、“アタマカール”ってなにその名前!?
いや、待って。頭、カール……?
それ、キツくない? なんかちょっとズルくない?
殿下なのに……いや、殿下だからこそ?
……って思ってしまうのは、私が元日本人だからだろうか。
そういえば、アメリカ人の友達が「ユウダイ」って名前を聞いて「You die!?」って真顔で二度聞きしてたっけ。
直訳すると「お前は死ぬ」うん、そういうのある。
と、どうでもいいことを考えていた私をよそに、話はまだまだ深刻なまま続いていた。
「確かに……もし、あの騒動がなければ、シルヴィア王女はジルティアーナと同じ時期にアカデミーへ入学していたはずです」
「ミランダ様っ!」
フレイヤ様がぴしりと名前を呼ぶ。
その声音には、「それを言わないで」と言いたげな焦りがにじんでいた。
ヴィオレッタ様は、静かに頷く。
「その通りです。シルヴィア様たちは、その複雑な生まれゆえ、なるべく目立たないように王宮で過ごされています。
でも、シルヴィア様はとても笑顔が素敵で……まるで、ソレーユの花のような方なんです」
ソレーユの花。
日本でいうところの向日葵みたいな、大きな鮮やかな黄色い花。
──ああ、なんとなくわかる気がする。
綺麗な金髪に、太陽みたいな笑顔が素敵な女の子なのだろう。




