250.美しさを編む手、小さな灯火
「……それにしても、本当に驚きました」
ふと控えていたフレイヤ様が、小さく息を吐きながら、そっと呟いた。
「ジルティアーナ様が“ティアナ様”として街の皆さんと関わっていたなんて……でも、とても素敵です。まるでおとぎ話みたいで……少し、感動してしまいました」
その言葉に、ヴィオレッタ様がくすりと微笑を浮かべる。
フレイヤ様は、はっとしたように口元を押さえ、頬をわずかに染めながら、それでもまっすぐに私を見つめて続けた。
「本当にそう思ったんです。領主様なのに、こうして街の人たちと同じ目線で働いて……そんな方が治める街って、きっとあたたかい場所なんだろうなって。
そして、領民のことを想えるジルティアーナ様は……やっぱり素敵な方なんだろうなって」
そのまっすぐな言葉に、胸の奥がじんと熱くなる。
けれど同時に、くすぐったいような照れくささも込み上げてきて、私は返す言葉に迷い、思わず視線をそらしてしまった。
するとフレイヤ様は、そっと視線をミランダお姉様へと向け、やわらかく微笑んだ。
「……ミランダ様。今、お幸せですか?」
不意の問いに、お姉様は目を見開いたが、すぐにやさしさを湛えたまなざしで微笑む。
「ええ。とても幸せよ」
そう言って、確かに頷いた。
「毎日のように、ジルティアーナやアイリスと商品開発や改良について話し合って、シエルと商会の方針を練っているの。
忙しいことも多いけれど……それでも、とても充実しているわ。
あの頃のような不安も迷いも、もうないの」
その穏やかでまっすぐな声からは、今という時間を心から大切にしていることが自然と伝わってくる。
私はお姉様の横顔を見つめながら、心の中でそっと思った。
──この人は、本当に、ここで幸せを見つけたのだ。
そしてそれは、私にとっても何よりうれしいことだった。
ふと視線を横に移すと、ヴィオレッタ様とフレイヤ様が、お姉様の言葉にやさしく微笑み合っていた。
その笑顔を見て、私は確信する。
──この方たちも、きっと私と同じ気持ちだったのだ。
お姉様の幸せを願い、その想いを、静かに見守ってくださっていたのだと。
* * *
「──まぁっ!」
「すごい……マニキュアの中の光が、動いていますわ!」
お二人の素直な反応に、思わず笑みがこぼれる。
隣にいたお姉様も笑いながら、
「フレイヤ、それはマニキュアじゃなくて、ジェルネイルよ」
とやさしく訂正した。
このマグネットネイルは、まだ試作品。
今のところ、使っているのは私とミランダお姉様だけ。
そのマグネットネイルを、リュミエール商会一番の技術を持つシエルさんの手によって、ヴィオレッタ様の爪先にも、次々と光が宿っていく。
さすがはシエルさん。
使い始めて間もないはずのマグネットにもすっかり慣れ、ヴィオレッタ様の爪には、光のフレンチラインが美しく浮かび上がっていた。
「本当に……とても綺麗」
フレイヤ様が、うっとりと指先を見つめる。
「マニキュアも素敵でしたけれど、ジェルネイルは艶があって、もっと華やか。光が動いて……まるで宝石のようですね」
「ほんとに……あまりの美しさに、見惚れてしまうわね」
ヴィオレッタ様も、目を輝かせながら頷いた。
その言葉に、胸の奥がじんわりと温かく満たされる。
「そうでしょう? シエルの技術、アイリスの知識、そしてティアナのアイデア──全部が合わさって、ようやく形になったのよ」
ミランダお姉様の笑顔は、誇らしげでとても綺麗だった。
そばで聞いていたシエルさんとアイリスさんも、どこか照れたようにしながらも、うれしそうに微笑んでいる。
ヴィオレッタ様とフレイヤ様は、ふと顔を見合わせて、静かに笑みを交わした。
フレイヤ様はそっと手を掲げ、一足先に私が贈った新作ジェルネイル──艶やかなピンク色の爪を、窓辺の光にかざす。
差し込む陽光がジェルの艶を引き立て、細やかな偏光パールが淡くきらめいた。
「……ええ。まさに芸術ですね」
感嘆の吐息とともに、フレイヤ様が呟く。
その横顔には、まるで少女のような憧れと、ときめきがにじんでいた。
ヴィオレッタ様もまた、爪先に目を落とし、ふわりと微笑む。
「指先ひとつで、こんなにも気持ちが明るくなるなんて……これが、あなた方の生み出す“美しさ”なのですね」
「ありがとうございます」
私は心からの感謝を込めて、自然と頭を下げていた。
誰かが笑ってくれること。喜んでくれること。
それがどれほど尊く、心を満たすものか──
私たちは、確かにここで、少しずつ“幸せ”という形を編み上げている。
やわらかな午後の光の中、爪先の輝きがそっと揺れた。
それはまるで──未来をやさしく照らす、小さな灯火のよう。
その光を見つめながら、私はそっと心の中で誓う。
──もっと、たくさんの人に届けよう。この輝きを。
この街に、もっとたくさんの笑顔を──と。




