243.この手で選ぶ、未来
私は何も言えず、ただ繋いでいた手にぎゅっと力を込めた。
すると、ミランダお姉様が私を見つめて、そっと口を開いた。
「あなたに出会えて……“妹”になってくれて、本当によかった」
思わず目を丸くしてお姉様の顔を見つめた。
そんな私を見て、彼女はくすりと微笑んだ。
「あなたは、私の話をちゃんと聞いてくれて、私の選択を否定せず、尊重してくれた。
何より……私のために、本気で怒ってくれた。
それが、どれほど救いになったか、言葉では言い尽くせないくらいよ」
お姉様の声が、かすかに震えていた。
「あなたが、私以上に私のことで怒ってくれたから、私は冷静でいられたの。
“結婚は失敗だった”って、すべてを否定してしまいそうだったけど……
あなたのおかげで、ローランドに裏切られたこと以上に、
“結婚には、幸せだったことがたくさんあった”って、思い出せたの」
胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。
伝えたい思いはたくさんあるのに、言葉にできず黙っていると──お姉様がそっと手を引き、やわらかく抱きしめてくれた。
耳元で、静かな声がそっと響く。
「私とジルティアーナは、血もつながっていないし、関わりもほとんどなかった。
そして、あなたとは生まれ育った世界すら違う。
それでも、こんなふうに心が通い合える……それは、奇跡のようなことよね」
お姉様の腕が、私を包み込むようにやさしく力を込める。
「私たちは“家族”よ。過去がどうであれ、血がつながっていなくても、心が選んだ“本当の家族”。
……だから、あなたももう、“遠慮”なんてしないで。私に、もっと甘えていいのよ」
「……っ」
私はその胸の中で、小さくうなずいた。
隣では、リズがあたたかいまなざしを向けてくれているのが分かった。
この場所で、この人たちと共にいられる今の自分が、少し誇らしく思えた。
ミランダお姉様も、ジルティアーナも──
そして、元の世界、日本で生きていたこの私も、“家族”というものにあまり恵まれてこなかった。
それでも今なら、胸を張って言える気がする。
「私はひとりじゃない」と。
お姉様の腕の中にいると、不思議と心がほどけていく。
心のどこかに引っかかっていたものが、ゆっくりと溶けていくような、そんな感覚だった。
しばらくして、お姉様がそっと腕をほどいた。
「ねえ、ティアナ」
「はい」
「これからは、あなたの夢も……ちゃんと聞かせて。
私のことで怒ってくれて、泣いてくれて、寄り添ってくれたけれど──
あなた自身のことも、もっと知りたいの」
お姉様の真剣なまなざしに、私は少し戸惑いながらも、自然と口を開いていた。
「……夢、ですか?」
「ええ。あなたの“したいこと”。これからどう生きていきたいのか──。
私は、家族として、それを一緒に見守っていたいの」
胸がきゅっと熱くなる。
誰かにそんなふうに言ってもらえたのは、きっとはじめてだった。
私はそっと目を伏せ、そして静かに顔を上げる。
「……私は、この街を守りたいです。
この街で、ちゃんと生きていけるように。
そして、私だけじゃなく、大切な人たちが──クリスディアで暮らす人々が、もっと幸せになれるように。
お姉様やリズさんに守られるばかりじゃなくて、私も、誰かの力になれるようになりたい」
言葉にしてみると、それが自分の本心だったことに気づいた。
ずっと抱いていた“居場所を守る”という思い。それは、“守られる側”から“支える側”へと、少しずつ変わってきていたのかもしれない。
「素敵ね」
お姉様が、やさしく微笑んだ。
「ひとりの居場所を守るだけでも、大変なことよ。
ましてや、その手を街の人々にまで差し伸べようとするなら……きっと、たくさんのことを学び、たくさんの人の力を借りなければならないわ。
それでも──きっとあなたなら、できる」
「──はい」
私は膝の上に置いていた拳を、ぎゅっと握りしめた。
するとお姉様は、そんな私の拳にそっと手を伸ばし、やさしく開いてくれた。
「お姉様……?」
「そんなに力を込めなくても大丈夫よ」
お姉様は微笑みながら、私の手を両手で包み込んだ。
「あなたには、エリザベスをはじめとした頼れる側近たちがいるわ。
それだけじゃない。街には、あなたの志を支えようとする仲間たちもいる。──そして、私も」
その言葉に、胸の奥がまたひとつ、温かくなる。
「支え合っていいのよ、ティアナ。
あなたが誰かを守りたいと思うように、私たちも、あなたを守りたいと思っているの」
「……はい」
今度は、強く力むことなく──私は、そっとお姉様の手を握り返した。
その手の温かさが、心の深くまで染み込んでいく。
まるで、これから先に待つ困難に立ち向かうための、勇気をくれているようだった。




