1. 天職というもの
まず、状況を整理しよう。
今の私は、上級貴族ヴィリスアーズ家の娘、ジルティアーナ・ヴィリスアーズ。
由緒正しいヴィリスアーズ家の、唯一の正統な後継者──のはずだった。
数少ない上級貴族の中でも、ヴィリスアーズ家はこの国、フォレスタ王国の建国時に王族の側近として尽力した家系であり、王族からの信頼も厚い。
フォレスタ王国だけでなく、他国でもヴィリスアーズ家の名は知られている。
なんたって、ヴィリスアーズ家の名前は歴史の教科書にも載っているしね。
祖母のクリスティーナをはじめ、王族から降嫁した方も我が家の歴史には何人もいる。
そのため、血筋としては王族の次に高貴なものだろう。
──だが、それもこれからは過去のものとなるだろう。
ヴィリスアーズ家の人間は、現在6人。
当主、ローガン・ヴィリスアーズ。
その妻、イザベル・ヴィリスアーズ。
長男のダニエル。次女である私、ジルティアーナ。
三女のシャーロット。そして末っ子の次男、クリストファーだ。
──だが、この中でヴィリスアーズ家の血を引くのは、私、ジルティアーナだけ。
現当主である父、ローガンは、前当主だった私の実母アナスタシアの婿としてヴィリスアーズ家に入った。
そしてアナスタシアの死後、私が当主を継げる年齢になるまでの中継ぎとして、ローガンが当主となったのだ。
そのため、後妻として入ったイザベルとその連れ子のダニエル、五年前にフェラール家へ嫁ぎヴィリスアーズ家を出た長女ミランダ、さらにローガンとの間に生まれたシャーロットとクリストファーにも、ヴィリスアーズ家の血は流れていない。
ゆえに次期当主は私、ジルティアーナに決まっていた。
この世界「イルジオーネ」には、魔法とマナの力がある。
魔法は自身の魔力というエネルギーを使うもの。
マナは精霊の力を借りる術だ。
それらを用いて動く魔術具が存在し、街の外には魔獣が徘徊している。
また、この世界には「ステータス」が存在する。
ステータスには名前や身分、能力、特性が記載されており、15歳になる年に受ける「成人の儀」を経て、天職とスキルが開示されるのだ。
名前や数値を見るだけなら、子供──未成年でも可能だ。
だが天職とスキルは、成人の儀を経て初めて知ることができる。
儀式では神から神託を受けた司祭が、水晶玉に映った天職とスキルをステータスへ記録してくれるのだ。
──天職。それは天から与えられた才能であり、それに応じたスキルが開花する。
天職に適した系統であれば、スキル習得も容易で、ステータスに補正がかかる。
そのため、天職の種類を知ることはとても重要だ。
天職の種類は無数に存在し、【農民】【商人】といった平民向けから、【剣士】【弓使い】といった戦闘職まで幅広い。
中でも【皇帝】【勇者】【聖女】といった希少な天職は、主に貴族階級からしか生まれない。
例えば、【剣士】の天職なら、初期スキルとして【剣術】を覚えることが多く、これにより剣の扱いが上達し、攻撃力も向上する。
また【剣士】は体力や防御力も上がりやすい傾向にあり、同じ戦闘職である【槍使い】のスキルを取得することもある。
反対に、【剣士】は魔法系スキルの習得が非常に困難だ。
本職の魔法職に比べると、どれだけ優秀でも10倍の努力を要するという。
たとえ努力しても、覚えられない場合もある。
魔力量も同様で、魔道系の天職でなければ上がりづらく、逆に魔法職は物理攻撃力の成長が鈍い。
このように、天職によって成長傾向や取得スキルが大きく異なるため、適性に合わない能力を伸ばそうとするのは非効率だ。
だからこそ天職を知ることが重要であり、フォレスタ王国では15歳で成人の儀を受けることが義務付けられている。
優れた天職やスキルを授かった者は、国の重役やその候補として取り立てられることもある。
成人の儀では神殿にある水晶玉に手をかざし、天職と初期スキルを浮かび上がらせる。
それを司祭が記録することで、これまで表示されなかった天職とスキルがステータスに記載されるのだ。
──成人すれば誰もが与えられる天職とスキル。
だが、ごく稀に例外が起こることがある。
水晶玉に「読めない文字」が浮かび上がるのだ。
【ロストスキル】──失われた技能。
天職が、授かれないことがあるらしい。
ジルティアーナも、【ロストスキル】について本で読んだことがあった。
──その程度だった。
読めない文字とは何なのだろう?
知らない外国語を見たようなものだろうか?
そんなふうに、他人事のように思っていた。
【ロストスキル】は自分には関係ないものだと、深く考えたこともなかった。
──まさか、それが自分の身に起きるとは夢にも思わずに。
この世界では、平民より貴族、貴族より王族と、身分が高いほど基礎魔力が多く、優れた天職を得る傾向にある。
特に王族や上級貴族は、高位の天職とスキル補正を受け、国の重役となることが期待される。
当然、上級貴族である私にも、大きな期待がかかっていた。
──まさかの、ランク外とも言える【ロストスキル】だなんて。
由緒ある家柄、ヴィリスアーズ家の正統な血を引く姫君。
ジルティアーナには、それだけが誇りだった。
それなのに、【ロストスキル】持ち──ヴィリスアーズ家の恥。
成人の儀で高位の天職を得られれば、冷たく当たる継母や厳しい義姉にも認めてもらえる。
そう信じて、誰よりもジルティアーナ自身が期待していた。
祖母は元王女だった。
王族の血も引く自分が、悪い天職を授かるはずがない。
──そう思っていた。
たとえ良い天職でなかったとしても、格下の家へ嫁げばいい、と。
だが、私に与えられたのは、最低どころか想像を絶する【ロストスキル】という結果。
ジルティアーナにとって最悪だった日の出来事を、私は思い返した──……