18.新しい家族
聖獣様の話を聞いて、私はジルティアーナが子供の頃の事を思い返した──⋯⋯。
──⋯⋯
────⋯⋯⋯⋯
世界で1番、わたくしが大好きだった人。わたくしの事を唯一、愛していると言ってくれた──クリスティーナお祖母様。
9歳の秋に、そのお祖母様が亡くなった。
昼間、誰かと一緒にいる時はどうにか耐えれたが、夜ひとりになると涙がこぼれた。朝起きると、もうお祖母様は居ないんだ。という現実に涙した。
──そんな風に過ごし、1ヶ月ほどたったある日。
お父様が⋯⋯
「ジルティアーナ、新しい家族だ」
そう言って女性を連れて来た。しかも新しい母、という人だけじゃない。その女性の連れ子だという、兄も姉も同い歳の妹までいた。
「ジルティアーナも、お祖母様のクリスティーナ様が亡くなったからと、いつまでも悲しんでいてはいけない。『妹が欲しい』と言っていたのだろ?」
いつまでもって⋯⋯たった1ヶ月なのに、悲しんでいてはいけないの? 『妹が欲しい』っていつの話?
⋯⋯たぶん、両親の関係等を何も解ってなかった5歳頃の話ではなかろうか。
お父様は、まるでわたくしがずっと欲しがっていた念願のプレゼントくれるかのように言った。
5歳から欲しい物が変わってないとでも思っているのか。⋯⋯いや、そもそもあまり私が住む、ヴィリスアーズ家の本邸にたまにしか顔を見せないお父様が、私が欲しい物を分かる訳がないじゃないか、と心の内で自嘲した。
「貴方が、ジルティアーナ? まぁ⋯⋯。ローガン様とも、アカデミー1番の美しさだと言われた実母のアナスタシア様とも⋯⋯似ていないのね」
お父様の腕に身体を絡ませ、新しい母──そうお父様が紹介した女性が私を見下ろし言った。
「ご両親は美男美女なのに⋯⋯貴方は残念ね」という嫌味で言ったのだろう。だが、お父様はそれに全く気付かず返す。
「そうなんだよ。誰に似たのだか⋯⋯。でも、髪色はアナスタシアのお母様、クリスティーナ元王女の髪色に似てるだろ?」
イザベルはその言葉を聞き、驚いたように少し目を見開くと、クスリと笑う。
「⋯⋯確かに王族の方々は金や銀の色を持つ方が多いと聞きますし、クリスティーナ様もその銀色を受け継いでいましたわね。なるほど、確かにクリスティーナ様の髪色に似てはいますわね。この髪色も光の加減で銀に見えない事もないですわ──銀色と灰色は似ていますもの。ね?」
「そうだろ?」と、お父様はにこやかに笑いイザベルの肩を抱き、屋敷の2階へと向かった。これから、この屋敷の紹介をするらしい。
お父様と⋯⋯新しい家族。
そうお父様が呼んだ人達の背中を見送りながら、胸にあるお祖母様から頂いた【聖霊の卵】を強く握りしめた──
なんで? なんで、わたくしがあんな風に!
初対面の女に馬鹿にされないといけないの!?
『銀色と灰色は似ていますもの。ね?』
そう語るイザベルは、笑顔だったけど目は笑っていなかった。わたくしを見下しているのは明らかだったわっ!
【聖霊の卵】を見つめ思い出す。
お祖母様が、これを下さった時に言ったこと。
『ジルティアーナ。ヴィリスアーズ家を頼みます。
まだ貴女は幼いから⋯⋯私が居なくなった後は一時的にローガンが当主となるでしょうけど、あくまで中継ぎ。ヴィリスアーズの主人は貴女ですよ? ──愛しているわ。ジルティアーナ。
⋯⋯どうか、私が愛したものを守ってちょうだい』
もう体力がなくて⋯⋯会話をするのも難しかったのに、あの日は嘘のようにしっかりと私に話して下さった、お祖母様の言葉。
そうだ。わたくしがこのヴィリスアーズ家を守らなきゃいけないんだ!
そう決意した。
──⋯⋯はずなのに、その思いは長くは続かなかった。
◆
「お父様!! 執事長のドウェインを辞めさせたって、どういう事ですか!?」
「落ち着きなさい。ジルティアーナ」
「お祖母様が倒れられてから⋯⋯ドウェインがこの屋敷の管理をしてくれていたのですよ? なのに、彼がいなくなったらこの屋敷の管理は誰がするのですか!?」
「大丈夫よ。これからは他人ではなく、ヴィリスアーズ家の当主、ローガン様の妻である私がこの屋敷の管理を致します」
「なにを⋯⋯ッ! ドウェインはわたくしが産まれる前から⋯⋯いいえ、お父様が婿に来られるずっと前からヴィリスアーズに仕えてくれた者です。そんな彼を他人だと言うのですか?
それならば、この女の方がよっぽど他人──ッ!!」
イザベルこそが他人だ!
そう言おうとしたのに、最後まで続けられなかった。
お父様が、わたくしの頬を叩いたから⋯⋯
「なに、を⋯⋯」
産まれてから初めてふるわれた暴力に動揺し、喋ったつもりなのに言葉が続かなかった。
「お母様に謝れ、ジルティアーナ⋯⋯っ! お母様に対して酷いことを言うなら、私は許さないぞ!?」
「お父様! 止めてください!! いくら酷い事を言ったからって⋯⋯暴力は駄目ですっ」
わたくしの前に、妹だという女の子──シャーロットがわたくしとお父様の間に立って、庇うように言った。私の方を振り向くと
「あ! 血が⋯⋯っ」
口の中で鉄の味がひろがる。どうやら話している時に叩かれたせいで、口を傷つけてしまったようだ。
「お姉ちゃん⋯⋯大丈夫?」
お姉ちゃん? 何を言っているの? 貴女の姉になったつもりはないし、呼ぶとしてもお姉様。でしょ?
同い歳だというのに、そんな礼儀もできてないの?
シャーロットが心配そうにわたくしの顔を覗き込みながら、そっとわたくしの口元に取り出したハンカチをあてる──
「触らないでっ!」
そう言って距離をとる。
「ジルティアーナ! 心配してくれた妹になんて事を言うんだ!! お母様とシャーロットに謝りなさい!!」
お父様の声がしたが、わたくしは部屋から逃げ出した。それからは⋯⋯悪い事ばかりだった。
執事長のドウェインが居なくなり、帳簿管理をイザベルがするようになってから、妙にギラギラと光る品の無い高そうな家具や調度品が明らかに増えた。
もちろん、イザベル自身のドレスや宝飾品も⋯⋯。
イザベルに対して、それらを咎める者はもう誰も居ない。あの後、ドウェインだけでなく、侍女長のマーガレットも、『奥様に失礼な態度をとった』とかで辞めさせられてしまった。
ドウェインとマーガレット以外もわたくしの味方になってくれた使用人達は、何らかの理由で辞めさせられたり、自ら耐えられないと辞めた。
後は⋯⋯
『シャーロット様は上級貴族のマナー等に不慣れながらも努力し、姉であるジルティアーナ様と仲良くされようとしているのに⋯⋯』
『ジルティアーナ様は性格が悪い。いつも笑顔で妹君が話しかけても無視したりする。健気なシャーロット様がお可哀想だ』
残ってくれたと思った人達も、何時しかわたくしの味方ではなくなっていった──。
まだ【魅了】力が弱いといえ、ジワジワとヴィリスアーズ家の使用人達は、シャーロットの力にやられてました。
執事長とメイド長は、マナの加護が多かったのでまだ効力の弱い【魅了】を、かけられることはありませんでしたが、この時点ですでに長年どっぷり【魅了】されたお父様に、クビを切られてしまいました。
ジルティアーナは気付きませんでしたが、シャーロットは最初に会った時にジルティアーナが悔しそうに家族の背中をみおくったり、お父様に叩かれ部屋を飛び出した様子を見て、ニヤリ。
次回、アカデミーでの噂話と発明
次も過去の話です。