表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
184/302

183.鍋の中の再発見


「感覚ではなく、料理のように“温度”と“時間”で工程を見直す──

それができれば、成功率も品質の安定性も、大きく変わってくるかもしれませんね」


私の言葉に、ミランダさんはゆっくりとうなずいた。


「……ええ、本当ね。ゆで卵を見て、茹で時間が重要なことがよく分かったわ」


「【錬金術】と煮込み料理を比べてみると、気になるのは“煮込む温度”なんです。

料理では、温度はとても重要なんです。たとえば、お肉は高温で一気に火を入れると固くなりますが、逆に低温でじっくり加熱する“低温調理”なら、柔らかく仕上がります」


私の説明に、ミランダさんの目が輝いた。


「それは……!」


「それから、さっき“栄養素が壊れることがある”って言いましたが、

たとえば水溶性ビタミンは水に溶けやすくて、高温で長く茹でると失われてしまうんです。

もしかすると、ポーションを高温で煮すぎて、有効成分が飛んでしまっているかもしれません」


「つまり、煮立たせすぎず“適温”を保てば、効果を最大限に引き出せる可能性があるということね!」


「上級ポーションにも当てはまるかは分かりませんが、いろいろ試してみる価値はあると思います。

それに、作るアイテムごとに使う素材が違うのに、いつも全部を一度に鍋に入れるのも気になってて。

料理なら、火の通りにくい食材を先に入れたりしますから……」


「料理の話、もっと聞かせてもらえる?」


そう言われて、私は茹で方以外にも【錬金術】に応用できそうな料理の工夫を思い出しながら、話し始めた。


【錬金術】では、材料をそのまま沸騰した鍋に入れるだけ。

でも料理では、まず食材を切ることが多い。そしてその切り方も、料理や食材によってさまざまだ。


包丁の入れ方ひとつで、火の通り方や味の染み方が変わる。

細かく刻めば早く火が通り、逆に大きく切れば食感を残すこともできる。

この「切る」という工程は、ただの下ごしらえではなく、仕上がりを左右する重要な要素なのだ。


「……ポーションのように液体にするのなら、みじん切り──いっそ、すりおろしてしまうのもいいかもしれませんね」


「すりおろす、か……確かに、素材の繊維が壊れて、成分の抽出効率が上がりそうね」


ミランダさんは腕を組み、考え込む。その表情は、どこか楽しそうだった。


「あと、混ぜ方も関係あるかもしれません。

料理では“混ぜすぎる”と食感が悪くなったり、逆に“ちゃんと混ざっていない”ことで味にムラができたりします。

ポーションも、素材によっては混ぜる順番や回数で効果が変わるかもしれません」


「なるほど……確かに、今までは“とにかくよく混ぜる”で済ませていたけれど……」


彼女はぽつりとつぶやき、ふっと笑みをこぼした。


「あなたと話していると、次々に新しい発見があるのね。

まさか料理が【錬金術】に結びつくなんて……面白いわ」


「料理も【錬金術】も、レシピに従って素材を組み合わせて、ものを“作る”という点では同じですから。

よかったら、ミランダさんも料理をやってみたらどうですか?」


何気なく発した言葉に、ミランダさんはぱちくりと目を丸くし、それから軽く笑った。


「私が料理を?

ふふっ、面白そうだけど、残念ながら私は【調理】スキルなんて持ってないのよ」


「あ、それなんですけどね──」


私はマイカちゃんとマリーの話をした。


この世界では、【調理】スキルがないと料理はできないと思われていた。

けれど、ふたりにやってもらったところ──最初は卵を割ることすらできなかったけれど、丁寧に教えたら、すぐにできるようになったこと。


そして最近では、リズもたまに料理をしていることを──


「エリザベス様が、料理を……!?」


驚きの声を上げたのはアイリスさん。ミランダさんも声こそ出さなかったが、目を見開いていた。


けれどリズは、なんでもないことのように答えた。


「最初は無理だと思ったのですが、マイカさんと一緒に卵を割ってみたらできました。

それでクリスディアに来てからは、よくティアナさんが楽しそうに料理をしているので、私も興味が湧いてきて。

まだ簡単なものしか作れませんが、けっこう面白いですよ」


その言葉を聞いて、アイリスさんはさらに目を丸くし、ミランダさんは何かを考えるように視線を落とした。


ミランダさんはしばらく黙ったままだったが、ぽつり呟いた。


「……料理って、面白いのね」


その声には、少しの戸惑いと、それ以上に深い興味がにじんでいた。


「きっと、私たちが思っていた以上に……いろいろな可能性が詰まっているのかもしれないわ」


彼女はそう言いながら、小さく笑った。


「スキルがなければできない、そう思い込んでいたけど……本当は、試してもいなかったのね。

感覚で済ませてきたものを、ちゃんと理屈で組み立ててみる……それだけで、こんなに視界が変わるなんて」


その言葉に、私はうれしくなって、思わず笑顔になる。


「じゃあ、今度一緒に何か作ってみませんか? 簡単なものでいいので」


「……ふふ。それも、悪くないわね」


そう言ったミランダさんの顔には、これまでに見たことのない柔らかさがあった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ