183.鍋の中の再発見
「感覚ではなく、料理のように“温度”と“時間”で工程を見直す──
それができれば、成功率も品質の安定性も、大きく変わってくるかもしれませんね」
私の言葉に、ミランダさんはゆっくりとうなずいた。
「……ええ、本当ね。ゆで卵を見て、茹で時間が重要なことがよく分かったわ」
「【錬金術】と煮込み料理を比べてみると、気になるのは“煮込む温度”なんです。
料理では、温度はとても重要なんです。たとえば、お肉は高温で一気に火を入れると固くなりますが、逆に低温でじっくり加熱する“低温調理”なら、柔らかく仕上がります」
私の説明に、ミランダさんの目が輝いた。
「それは……!」
「それから、さっき“栄養素が壊れることがある”って言いましたが、
たとえば水溶性ビタミンは水に溶けやすくて、高温で長く茹でると失われてしまうんです。
もしかすると、ポーションを高温で煮すぎて、有効成分が飛んでしまっているかもしれません」
「つまり、煮立たせすぎず“適温”を保てば、効果を最大限に引き出せる可能性があるということね!」
「上級ポーションにも当てはまるかは分かりませんが、いろいろ試してみる価値はあると思います。
それに、作るアイテムごとに使う素材が違うのに、いつも全部を一度に鍋に入れるのも気になってて。
料理なら、火の通りにくい食材を先に入れたりしますから……」
「料理の話、もっと聞かせてもらえる?」
そう言われて、私は茹で方以外にも【錬金術】に応用できそうな料理の工夫を思い出しながら、話し始めた。
【錬金術】では、材料をそのまま沸騰した鍋に入れるだけ。
でも料理では、まず食材を切ることが多い。そしてその切り方も、料理や食材によってさまざまだ。
包丁の入れ方ひとつで、火の通り方や味の染み方が変わる。
細かく刻めば早く火が通り、逆に大きく切れば食感を残すこともできる。
この「切る」という工程は、ただの下ごしらえではなく、仕上がりを左右する重要な要素なのだ。
「……ポーションのように液体にするのなら、みじん切り──いっそ、すりおろしてしまうのもいいかもしれませんね」
「すりおろす、か……確かに、素材の繊維が壊れて、成分の抽出効率が上がりそうね」
ミランダさんは腕を組み、考え込む。その表情は、どこか楽しそうだった。
「あと、混ぜ方も関係あるかもしれません。
料理では“混ぜすぎる”と食感が悪くなったり、逆に“ちゃんと混ざっていない”ことで味にムラができたりします。
ポーションも、素材によっては混ぜる順番や回数で効果が変わるかもしれません」
「なるほど……確かに、今までは“とにかくよく混ぜる”で済ませていたけれど……」
彼女はぽつりとつぶやき、ふっと笑みをこぼした。
「あなたと話していると、次々に新しい発見があるのね。
まさか料理が【錬金術】に結びつくなんて……面白いわ」
「料理も【錬金術】も、レシピに従って素材を組み合わせて、ものを“作る”という点では同じですから。
よかったら、ミランダさんも料理をやってみたらどうですか?」
何気なく発した言葉に、ミランダさんはぱちくりと目を丸くし、それから軽く笑った。
「私が料理を?
ふふっ、面白そうだけど、残念ながら私は【調理】スキルなんて持ってないのよ」
「あ、それなんですけどね──」
私はマイカちゃんとマリーの話をした。
この世界では、【調理】スキルがないと料理はできないと思われていた。
けれど、ふたりにやってもらったところ──最初は卵を割ることすらできなかったけれど、丁寧に教えたら、すぐにできるようになったこと。
そして最近では、リズもたまに料理をしていることを──
「エリザベス様が、料理を……!?」
驚きの声を上げたのはアイリスさん。ミランダさんも声こそ出さなかったが、目を見開いていた。
けれどリズは、なんでもないことのように答えた。
「最初は無理だと思ったのですが、マイカさんと一緒に卵を割ってみたらできました。
それでクリスディアに来てからは、よくティアナさんが楽しそうに料理をしているので、私も興味が湧いてきて。
まだ簡単なものしか作れませんが、けっこう面白いですよ」
その言葉を聞いて、アイリスさんはさらに目を丸くし、ミランダさんは何かを考えるように視線を落とした。
ミランダさんはしばらく黙ったままだったが、ぽつり呟いた。
「……料理って、面白いのね」
その声には、少しの戸惑いと、それ以上に深い興味がにじんでいた。
「きっと、私たちが思っていた以上に……いろいろな可能性が詰まっているのかもしれないわ」
彼女はそう言いながら、小さく笑った。
「スキルがなければできない、そう思い込んでいたけど……本当は、試してもいなかったのね。
感覚で済ませてきたものを、ちゃんと理屈で組み立ててみる……それだけで、こんなに視界が変わるなんて」
その言葉に、私はうれしくなって、思わず笑顔になる。
「じゃあ、今度一緒に何か作ってみませんか? 簡単なものでいいので」
「……ふふ。それも、悪くないわね」
そう言ったミランダさんの顔には、これまでに見たことのない柔らかさがあった。