180.奇跡の☆5と、☆ひとつの重み
だって、仕方ないじゃないか。
☆1のときって、あの高音ボイスが──
『し、“失敗”だぁ~。煮込みすぎだよぉ』
──って言うんだよ?
しかも、完成時のポップアップや【解析】結果にも “失敗” って書いてあるんだよ?
普通、それ見たら失敗だと思うよね?
「あ、ちなみに、指を早く離しすぎたときは『し、失敗だぁ~。ちょっと早すぎぃ』って言われて──」
「そんなこと、どうでもいいわ」
私の丁寧な(つもりの)説明は、ミランダお姉様にばっさり斬られた。
彼女はリズがよくやるように、額を押さえてため息をつく。
「さっきも言ったけど、☆1だろうと上級ポーションとして完成してるなら、それは“失敗”じゃないの。品質が低いだけ!」
そのピシャリとした言葉に、思わず背筋が伸びる。
そして、ミランダ先生の講義が始まった。
「☆1でも、効果が少し落ちるだけ。 たとえば、下級ポーションなら軽いすり傷や風邪ぎみに使えるでしょ? でも上級の☆1なら、中級の☆3よりも効果が高いの。つまり、☆1でも十分な価値があるのよ」
「えぇっ!? や、やば……っ」
思わず漏れた私の声に、ミランダさんが即座に反応した。
「“やば”って……なにしたの?」
低く、鋭い声。睨まれて、思わず肩が跳ねる。
(言いたくない……絶対、怒られるやつ……!)
視線を逸らしたその瞬間、彼女はにこぉっと笑顔のまま──
「誤魔化すんじゃないわよ?」
と、凄んできた。
──リズにしろ、ミランダさんにしろ…… 本当に、読心術でも使ってるんじゃないの?
……いや、そんなスキルあるのか知らないけど。
「…………失敗だと思ってたんでぇ」
「……?」
「捨てちゃいました」
ガタンッ!
ミランダさんが勢いよく椅子を蹴って立ち上がる。
ひぃぃぃっ! 怒られるぅぅぅ! と、身をすくめて目を閉じたけれど──
……怒鳴り声は、聞こえてこなかった。
そっと目を開けると、ミランダさんは無言で椅子に座り直し、頭を抱えていた。
「……まぁ、うん。“失敗”って言われてたなら、仕方ないわよね……」
まるで、子どもが善意でやった失敗に頭を抱えるお母さんのように、ぼそぼそとつぶやく。
「この子なりに考えたのよ」とか、「悪気はないのよね」とか、“私のこと、子ども扱いしてません?”って言いたくなるようなことをぶつぶつ言っていたけど、やがて顔を上げて深いため息をついた。
「もう、捨てちゃったものは仕方ないわ……すっっっごく勿体ないけど」
……はい、ごめんなさい。
「で? 成功したほうは、どうしたの?」
「それは昨日、町を守ってくれてるクリスディアの兵団長に譲りました」
「……それ、普通の上級ポーションとして渡したのよね?」
「……はい。特別なものだなんて思ってもいなかったので……」
その後、私は昨日作った品質☆5の上級ポーション10本に加え、中級を100本、下級を500本渡したことを話した。さらに、これからも引き続き作成して、渡すつもりだということも……。
──結果、またミランダさんとアイリスさんが同時に頭を抱えることになった。
「そのポーションって全部……品質☆5、なのよね……?」
「いえ、たまにボタンを離すタイミングがずれることもあって、☆4とか☆3も数本混ざってます」
……ちなみに、言ったらまた怒られそうだから黙ってるけど、☆1だけじゃなく☆2も“失敗”だと思って、捨てた。
ミランダさんは目を閉じて腕を組み、はぁぁぁ……と長い息を吐いた。
「話は分かったわ。もう渡しちゃったものは仕方ない……エリザベス」
ミランダさんは顔を上げ、真剣な目でリズを見つめる。
「その兵団長、信用できる人物なのよね? なら、昨日渡したポーションは品質☆5であることをちゃんと伝えて、他のポーションとは分けて保管させなさい」
「かしこまりました。 クラース団長は信頼できそうな方ではありますが……昨日初めてお会いしたばかりなので、正直まだ判断はできません」
その後、「契約書を交わしたほうがよいでしょうか?」というリズの提案も出たが、悪意や嘘を見抜けるレーヴェの能力が話題に上がり、彼が反応しなければ契約書までは不要、という結論になった。
そして──ミランダさんは、今度は私の方をまっすぐ見つめ、真剣な表情で口を開いた。
「あのね、【錬金術】で普通に作れるのは、品質☆2なの。☆3でも“良い出来”の部類だし、☆1も品質は落ちるけど、ちゃんと需要がある。☆4は“大成功”、☆5は……ほとんど奇跡なのよ」
そこまで言ったところで、彼女は少し言葉を区切り、ごくりと唾を飲み込んだのが分かった。
そして、静かに続ける。
「私も、今まで何万回も【錬金術】を使ってきたけど……品質☆5を作れたのは、ほんの数回だけ。 自分で言うのもなんだけど、私は【錬金術師】としては優秀なほうだと思ってるわ。 でも、その私ですら数回だけなのよ。 普通の錬金術師なら、☆5なんて一生作れないまま終わることがほとんどよ」
そう語る彼女は、ほんの少しだけ寂しげな表情を浮かべた。
でも、悔しさというより、どこか清々しさのあるような顔で──
「……貴女を見てるとね、もう“優秀”なんて言葉、恥ずかしくて言えなくなっちゃうけどね」
と、やさしく笑った。