177.常識はずれの【錬金術】
「アイリス」
ミランダさんはアイリスさんに声をかけると、ついさっき作った下級ポーションを手渡した。
アイリスさんはそれを両手で受け取り、そっと呟いた。
「──【鑑定】」
……!?
い、今、【鑑定】って言ったよね?
【鑑定】って、けっこう珍しいスキルなんじゃ……
そんなことを思いながら、思わずアイリスさんを凝視してしまう。
彼女はじっとポーションを見つめたあと、ふっと息を吐いて顔を上げ、ミランダさんに言った。
「下級ポーションで間違いありません。ただ……」
ただ……?
何かあるの? と固唾をのんで見守っていると、彼女は少しためらいながらも続けた。
「品質は☆5。完璧です」
「…………は?」
驚きの声を上げたのは、ミランダさんだった。
一瞬、沈黙が流れる。やがて、ミランダさんがゆっくりと口を開く。
「下級とはいえ……☆5なんて、滅多に出るもんじゃないわよ」
「えっ!?」
思わず声を上げてしまった。
ミランダさんが、じろっと私を見る。
「何が、『えっ!?』よ。何か心当たりでもあるの?」
「え、えーと……」
視線をそらすと、今度はアイリスさんまでじっとこちらを見つめてくる。
その視線に耐え切れず、思わずリズに助けを求めた。
(ど、どうしよう……リズ、助けてー!)
すると、リズは大きく息をついて言った。
「ミランダ様。そのように見つめられては、ティアナさんが怯えてしまいます。とりあえず、確認してみますので、少々お待ちください」
そう言い残すと、リズは私を連れて隣の私室へ移動した。
「さて。先ほども様子がおかしかったですが、今回は何に気づいたのですか?」
「あ……。あのね、ミランダさんがさっき、『☆5なんて滅多にない』って……」
「そうですね。普通は☆3がほとんどで、たまに☆4。☆5は本当に稀です」
「そ、そうなんだ……でもミランダさん、たしか『下級ポーションとはいえ』って言ってたよね? ってことは、中級や上級だと……?」
「ランクが上がるほど、作成は難しくなります。その分、品質の高いものも出づらくなるんです。
特に上級は、作れる人も少ないので、☆5ともなると、私も片手で数えるくらいしか見たことがありません」
私は大きく息を吐き、思わず両手で顔を覆った。
……うん。ミランダさんの言葉を聞いて、なんとなくそんな気はしてたけど、やっぱりそうなんだ。
そんな私の様子を見て、リズが静かに呟く。
「まさかとは思いますが……」
私はゆっくりと顔を上げ、そっと告白する。
「私が作ったポーションって……だいたい☆5なの。
まだ、上級は作成成功率50%くらいしかないけど……成功すれば、下級に限らず、中級も上級もみんな☆5で……」
今度はリズが、両手で顔を覆ってしまった。
リズはしばらく沈黙したままだったが、やがてゆっくりと手を下ろし、真剣な表情で私を見る。
「……ティアナさん。それ、本当ですか?」
「う、うん。嘘じゃないよ。むしろ、私の中ではそれが普通だったから……ミランダさんに言われて、やっと気づいたって感じで」
リズは深く頷く。どこか呆れたように呟いた。
「そうなんですね……。
先ほどお伝えしたとおり、上級ポーションは……それも☆5となることは非常に珍しいんです」
リズは考え込むようにしながら、続けた。
「私も【錬金術】についてあまり詳しくないですが、成功率50%というのはかなり良い方だと思います。ですが、それより凄いのはやはり品質のことです。上級ポーションで品質☆5なんて、まずありません。それが、全部☆5だなんて……」
「あ、100%ってわけじゃないよ? たまに考えごとしながらやったりすると……あっ」
「何か、わかったんですか?」
「たぶん『錬金術師になろう』システムのおかげだわ。ほら、私のやり方だとすごい単純なのよ」
私のやり方──レシピ選択画面で、レシピを選んで、『つくる』のボタンを長押しして、タイミングよくボタンを離すだけ。
鍋もコンロも用意することなく、素材を入れることも、魔力を流しながら鍋をかき混ぜることもない。
ボタンを長押しして、鍋の中でお湯が煮え立つアニメーションの色を確認しながら、BGMを聞いて、タイミングよく指を離す。
それだけなのだ。魔力は流すが、ボタンを押せば自然に流れるので、量を調整することもない。
「ほら、はじめて──いや、2回目に下級ポーションを作った時のこと覚えてる?」
2回目、リズとエレーネさんに私の『錬金術師になろう』システムでの作成方法を見せたとき──
BGMが終わると同時に、アニメーションの鍋の中身が水色に変化した。
そのタイミングで指を離すべきだったのだろうが……私はあえて魔力を流し続け、5秒ほど遅れて指を離した。
その結果──『し、失敗だぁ~。煮込み過ぎだよぉ』とボイスメッセージが流れ、結果は失敗。
けど、失敗といっても全くダメなわけじゃなく、通常の30%しか回復しない最低品質、☆1の下級ポーションが完成したのだ──




