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スキルをよみ解く転生者〜文字化けスキルは日本語でした〜  作者: よつ葉あき
海の街、クリスディア

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175.それぞれの町の希望


マリーが目を見開き、ゆっくりと口を開いた。


「……まさか、ピザを平民に? それをクリスディアの名産にするつもりなの?」


私は力強く頷いて、微笑む。


「ええ。誰にでも教えるつもりはないけれど、レシピを他に漏らさない契約を結んだ上で、白パンとピザのレシピはクリスディアの【料理人】たちに公開して、作ってもらいたいと思っているの」


もちろん、時間はかかるだろう。 あのミーナたちでさえ、新しい製法の白パンには苦戦していたのだ。 ましてや、実力もわからない他の【料理人】に教えるとなれば、簡単な話ではない。


それに、ただ作るだけで終わりではない。 届ける手段も、それを支える仕組みも、自分たちで整えていかなければならない。


スラム街での炊き出しも、一度きりでは意味がない。 継続していけるように、協力してくれる人たちの輪を広げていきたい。 ──そしていつか、スラム街なんて存在しない世界をつくりたい。


私は白パンを手に取り、そっと見つめる。


(まずは、この白パンから。 これを“贅沢品”なんかじゃなく、クリスディアの領民すべてが気軽に買えるものにする!)


パンをちぎって口に運ぶ。 小麦の香りと、やさしい柔らかさがじんわりと広がる。


その味を噛みしめながら、私は言葉を継いだ。


「炊き出しの材料も、表向きはジルティアーナ様が提供したってことになってるけど…… 実際には、子どもたちが予想以上に頑張ってくれて、マニュール家にたくさんポーションを売れたから、その利益でまかなったの」


今度は、サーモンとクリームチーズのピンチョスをひと口。 ……うん、これもおいしい。


白ワインで口を潤し、マリアージュを楽しむ。


そんな私の様子を見ながら、ミランダさんがふっと大きく息を吐いた。


「……それが逆に、すごいのよ。ただお金を出して炊き出しをするだけなら、王侯貴族でもやってるわ。たとえば──おやさしい【聖女】様とか、ね」


意味ありげに笑うと、私と同じピンチョスを口に運び、「あら、ほんと。白ワインにぴったりね」と満足げにうなずく。


そして、空になったワイングラス越しに、じっと私を見つめた。


「ねえ、その“新しい事業”の話──詳しく聞かせてちょうだい?」





◆◆◆



────時間は少し、遡る。


私がマリーたちとクリスディアでの再会を喜んでいたころ。 国の中心、王都の外れでは、ある出来事が行われていた。


夕暮れ時、レンガ造りの小さな広場に、いい香りが漂う。 かまどから立ちのぼる湯気と、温かいスープの匂いが混ざり合い、空腹な子どもたちの鼻をくすぐっていた。


「黒パンもスープもまだありますから! もう少し並んでてくださいねー!」


明るく声を張る女性は、黒いメイド服を身にまとっていた。 紫の髪を後ろでまとめ、袖をまくり、大鍋の中をかき混ぜている。


その隣には、対照的にまばゆいほど白く、真新しい修道服を着たピンク色の髪の女性が、優しげな微笑みを浮かべて立っていた。


その姿は、まさに人々が語る【聖女】そのものだった。


「……お姉ちゃん、ありがとう!」


スープと小さなパンを受け取った少年が、顔を輝かせて頭を下げる。


「ううん。たくさん食べてね」


にっこりと笑い返すその女性に、子どもたちだけでなく、大人たちまでもが感謝のまなざしを向けていた。


「ありがてえなあ、ほんとに……」


「【聖女】様が……自ら来てくれるなんてな……」


ぽつぽつと並ぶ人々の間から、そんな声が漏れる。


そのとき、子どもが手にしていたスープを見て、年配の婦人がつぶやいた。


「……こんな温かい食事……久しぶりだよ……」


「これも全部、【聖女】さまのおかげだね!」


そう言って、またひとつ笑い声が広がっていった。


そんな中、ひとりの少女が母親を伴って、皆から【聖女】と呼ばれる女性の前へ歩み寄った。


「あ、あのっ!」


「ん? どうしたのかな?」


「いつもごはんをありがとう……これ、お礼です!」


差し出された手には、何本かの野花が握られていた。 ずっと握っていたのだろう。葉はよれ、花びらの先は少し茶色く枯れている。


「この子、朝早くから近くの草原で摘んできたんです。 『いつもごはんをくれる【聖女】さまにあげるんだ!』って。よかったら、もらってやってください」


女性は目を見開いたあと、少女を見つめ、アイスブルーの瞳を細めた。


「一生懸命、摘んできてくれたのね──ありがとう」


「うん!」


少女は会釈する母親に手を引かれながら、逆の手で大きく手を振って去っていった。


それを笑顔で見送る【聖女】。 親子の姿が小さくなると、くるりと後ろを向き、奥に用意されたテントへと入った。


「──オデット」


「はい」


オデットと呼ばれたのは、先ほど大鍋をかき混ぜていたメイド服の女性だ。


【聖女】が右手を差し出す。それを見て、オデットは両手をその下に差し出した。


その掌に、パラパラと落とされる先ほどの──野花。


「それ、処分しておいてちょうだい」


「かしこまりました」


外では夕日が町を赤く染めるなか、人々はその温もりとともに、“希望”という名の味を確かに噛みしめ、笑い声が響いていた。



だが、テントの中の【聖女】の顔に、笑みはなかった──



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