171.ちょっとだけ、羨ましい
「【料理人】のオリバーです。
昔は下級貴族の専属料理人をしていましたが、ここ十年近くは、マリーとその実家の家族と一緒にルセルの町で宿屋を営みながら、料理を作っていました。
どうぞ、よろしくお願いいたします」
ミーナとアンナ、そしてオリバーさんたちの簡単な紹介が終わると、ミランダさんが興味深そうに尋ねた。
「それにしても、こんなにふわふわなパンや“ピザ”という料理があるなんて……本当に、あなたたちが作ったの?」
少し戸惑ったような笑顔を浮かべながら、アンナが答えた。
「はい。私たちもティアナ様にいろいろ教わって、作れるようになりました」
「ティアナさまが来てから、こんなパンやピザみたいな料理もどんどん教えてくれて……!
私たちの腕も、ずいぶん上がったんだよ」
ミーナが誇らしげに胸を張って言った。
その言葉に、ルークくんの顔がぱっと輝く。
「もしかして、フレンチトーストも作れるの? また食べたい!」
「フレンチトーストってなんだい? ティアナさま、作り方を教えて!」
ミーナがずいっと私に迫ってきたが、ぴたりと止まり、ミランダさんとアイリスさんを見て尋ねた。
「……ところで、こちらのきれいな人たちは?」
あ、いけない。
ミランダさんたちの紹介がまだだったわね。
「ごめんね、忘れてたわ。こちらはミランダさんとアイリスさん」
「ちょっと、忘れてたってどういうことよ?」
「ミランダさんはジルティアーナ……様のお姉さんで、アイリスさんはミランダさんの侍女よ」
「ジ、ジルティアーナ様のお姉様!?」
驚きの声を上げたのはアンナだった。
青ざめたアンナはミーナを押さえつけるようにして、自分も一緒に頭を深く下げた。
「失礼な態度をとってしまい、大変失礼いたしました!」
驚きと緊張に固まるアンナとミーナを見て、ミランダさんはふわりと微笑んだ。
「そんなにかしこまらなくていいわ。ティアナたちとは、かしこまらずに接しているんでしょ?
同じように……とは難しいでしょうが、礼儀がどうだとか言うつもりはないから、気軽に接してちょうだい」
優しく声をかけると、アンナたちは顔を上げ、ほっと胸をなで下ろす。
「は、はい……ありがとうございます……!」
アイリスさんもにこやかに頷きながら、そっと付け加えた。
「ミランダ様はとても寛大なお方ですから、どうか安心してくださいね」
その穏やかな口調に、緊張していた空気がゆっくりとほどけていく。
***
「それにしても、どれも本当に美味しいですね。特に、ふわふわパンとピザの生地の食感には驚きました!」
「お、さすがだね。ピザもパンも、最近さらに美味しくなったんだよ」
「ええ。これもティアナ様が“天然酵母”と“ドライイースト”を用意してくださったおかげだわ」
「“天然酵母”に“ドライイースト”?
それは、どういったものなんですか!?」
「天然酵母ってのは──」
そんなふうに盛り上がる【料理人】たちを、私とマリーとマイカちゃんは少し離れた席から見ていた。
ちなみにルークくんは、お腹がいっぱいになってまた眠ってしまい、ソファですやすや寝ている。
「お父さん、すごく楽しそうだね」
「……私の弟以外の人と料理の話をするのは、久しぶりだから楽しいんでしょうね」
「お母さん、もしかして……お父さんがアンナさんたちと仲良くしてるのが羨ましいの?」
からかうように、にやりと笑うマイカちゃん。
「そんなわけ……っ!」
勢いよく言い返すかと思いきや、
「……ちょっとあるかもしれないわね」
と、ぽそりと言った。
私とマイカちゃんが心配そうに見ていると、マリーは続けた。
「この前はどうにかティアナに教えてもらって、ナポリタンを作ることができたけど……【料理人】ではない私には、あんなふうにオリバーと料理の話はできないもの」
「お母さん……」
マリーはマイカちゃんに複雑そうな笑みを向けた。そして──
「ティアナ」
「なに?」
急に呼ばれ、マリーを見返す。すると手をギュッと掴まれた。
「オリバーをクリスディアに呼んでくれて、本当にありがとう」
「──へっ?」
複雑そうな表情をした直後にそんなことを言われると思わず、ついマヌケな声が出てしまった。
マリーは私を見つめて言った。
「オリバーがあんなに楽しそうに【料理人】仲間と……それも初日から会話できるなんて、思わなかったわ」
そう言ってマリーは私から、オリバーさんたちへと視線を移した。そこには、ワインを呑みながら先ほどと同じように盛り上がっている3人の姿があった。
えっと……そんなにしみじみ言うこと?
オリバーさんは宿屋のご主人だっただけあって人当たりもいいし、コミュニケーション能力に問題があるわけでもないよね?
「ご主人、他の【料理人】たちともうまくやれそうで良かったわね」
その声に視線をやると、ワインを片手に持ったミランダさんだった。




