170.再会の食卓と【料理人】の出会い
マイカちゃんがさっそく白パンに手を伸ばし、触れた瞬間、声を上げた。
「これ、すごくふわふわ! パンじゃないの?」
普通の白パンだけど?
そう思った瞬間、私はハッとする。
──そうだった。
最近ではすっかりおなじみになった白パンだけど、もともとこの世界のパンは黒っぽくて、釘が打てそうなくらい硬いものだった。
私がそんなことを思い返していると、リズが優しく微笑んで言った。
「白くてふわふわですが、パンですよ。クリスディアで人気なんです」
すると今度は、ルークくんが驚いたように叫ぶ。
「すごいよ、このパン……手でちぎれる!」
うん、そうだった。
元のパンは、手でちぎるどころか、ナイフで切るのも一苦労だった。
大人の私でも「硬い!」と感じたくらいだ。
子どもたちにとっては、どれほど大変だったか……。
そんなことを思っていると、また声が聞こえた。
「このパン……すっごくおいしいっ! 味ももちろんだけど、なによりとってもふわっふわなの! まるで、ティアナお姉ちゃんが作ってくれたフレンチトーストみたい……!」
その言葉に、胸が熱くなる。
「私が作った料理……覚えててくれたんだ」
思わずぽつりと呟くと、マイカちゃんは一瞬きょとんとしたあと、満面の笑みを浮かべて言った。
「もちろんだよ! お姉ちゃんの料理、すっっごくおいしかったもん。なにより、一緒に料理を作ったのが楽しくて、嬉しかったの」
「そっか」
私も笑って返す。
「お姉ちゃんね、クリスディアに来てから、たくさん料理を作ってるんだ。よかったら、マイカちゃんもまた一緒に作ろうね。
この料理を作ってくれた【料理人】さんたちと相談しながら、いろんな料理に挑戦するのがとっても楽しいの」
「うん……っ!」
マイカちゃんが顔を輝かせるその向こうで、オリバーさんが真剣な表情で呟いた。
「こんなすごい料理を作る方が、ここの【料理人】なんですね……僕も頑張らないと」
そのオリバーさんを見つめるマリーの瞳が、不安げに揺れた気がして、私は思わずマリーの手を握った。
驚いたマリーが私を見ると、私は苦笑いを浮かべる。
「あっ……! ごめんなさい。あまりにすごい料理に、ちょっと不安になっちゃって……。
こんなふわふわなパンも、この“ピザ”って料理も、はじめて見たものだから。貴族の専属料理人って、やっぱりすごいのね」
どうやらマリーは、オリバーさんの“同僚”というより、“ライバル”のように感じているらしい。
それで【料理人】の腕前に、不安を覚えたのだろう。
「大丈夫よ、ミーナと──」
私がフォローしようと口を開いた、そのときだった。
食堂の扉が開く。
「追加のピザをお持ちいたしました」
ワゴンを押して入ってきたのは、エレーネさんだった。
──そうだ。
ミランダさんとアイリスさんが増えた分、追加でピザを焼いてもらうようお願いしていたのだった。
エレーネさんが入ってきた扉を見ていると──
……あっ!
「ミーナっ!?」
扉の影から、こちらをうかがうミーナの姿を見つけた。
「やばっ、見つかっちゃった!」
「ほら、お母さん! だからダメって言ったじゃないっ!」
駆け寄ると、アンナも隣にいた。
私に気づいたアンナが、深々と頭を下げる。
「すみません! 母が、新しい専属料理人の方がどんな方なのか気になってしまったらしく……っ」
私はふたりの腕をがしっと掴む。
「……ちょっと、来て」
「本当に申し訳ございません! 止めようとはしたのですが、止めきれませんでしたっ!」
「ごめんよ、ティアナさま。どうしても気になっちゃって……」
ふたりは焦ったように、次々と謝る。
「ん? 別に怒ってないわよ。
新しい【料理人】たちを紹介したいだけだから、ちょっと来てちょうだい」
ミーナとアンナを連れて、食堂の中へ戻る。
「オリバーさん。このふたりが、今みんなが食べている料理を作ってくれた【料理人】です」
私がそう言うと、マリーと子どもたち、そしてミランダさんも興味津々といった様子でこちらを見つめた。
私はミーナとアンナに言う。
「こちらが、オリバーさん。そして奥さんのマリーに、マイカちゃんとルークくん。
屋敷の横にある家に、ご家族で住む予定だから、よろしくね」
「はじめまして! 私は【料理人見習い】のアンナと申します。こちらは、私の母で【料理人】のミーナです。
よろしくお願いいたします」
アンナは背筋を伸ばして挨拶し、深くお辞儀した。
その様子を見て、ミーナも慌てて頭を下げる。
「ミーナとアンナは、クリスディアの海辺で、旦那さんのダンさんと一緒に食堂を営んでたの。
本当は、オリバーさんが来てくれるまでの臨時だったんだけど、今後も引き続き、うちで働いてもらうことになったの。よろしくね」
私の説明を聞きながら、オリバーさんはミーナたちを少し驚いたように見ていた。
その様子に気づいたマリーがハッとして、小声で「オリバー!」と彼をつつく。
その声に、オリバーさんは慌てて立ち上がり、頭を下げた。




