167.待ちに待った連絡
エイミーが涙ぐみながら、ふっと笑った──その時だった。
どこからともなく、一匹の青い蝶が舞い降りてくる。
リズがそっと手を差し出すと、蝶は迷うことなく彼女の指先に止まった。
次の瞬間、蝶はふわりと光をまとい、やがてその姿を紙片へと変える。
リズが紙に目を通し、口元に微笑を浮かべると、鞄から新たな魔紙を取り出した。
「──オリバーさん、エリザベスです。
承知いたしました。皆さまのご到着を、心よりお待ちしております。どうぞお気をつけてお越しくださいませ」
はっきりとした口調でそう告げると、魔紙は宙に浮かび、青い光をまとって蝶の姿へと変わる。
ひらひらと舞いながら、窓の外へと飛び去っていった。
「今のって……!」
「はい。オリバーさんたちです。先ほどウィルソールの街を出発し、今夜には到着する予定だそうです」
「よかった! 住む家の準備は、もうできてる?」
「ええ、もちろん大丈夫ですよ」
そんな会話を交わしていると、ミーナがぽつりとつぶやいた。
「オリバーさんって……たしか、ジルティアーナ様の専属料理人の?」
「はい。ルセルの町でご家族と宿屋を営んでいらっしゃいました。
そこのお料理がとても美味しくて。話を伺ったところ、かつて貴族の専属料理人だったそうです。
もし機会があればまたその職に就きたいとおっしゃっていたので──ぜひジルティアーナ様の専属にと、お誘いしたんです」
「奥さんのマリーに、お姉ちゃんのマイカちゃん。それから弟のルークくんの四人家族で来てくれるから、よろしくね。
ルークくんはルトくんと同じくらいの歳だと思うから、仲良くしてあげてね」
「新しいおともだちが来るの? やったー! たのしみっ!」
私の言葉に、無邪気に喜ぶルトくん。その笑顔に、私もつられて微笑んだ。
──すると。
「専属料理人が来るってことは……もう、臨時の私たちは必要ないんだね」
いつも明るく元気なミーナが、見たことのない暗い表情でつぶやいた。
反射的に「えっ?」と返すと、アンナがあわてて口を開く。
「もう、お母さんったら! 私たちは、専属の方が来るまでって契約でしょ?」
ミーナは肩をすくめて、目を伏せた。
「……分かってるよ。でもね、ここの仕事、本当に楽しかったんだ。
食堂にはないオーブンを使えたり、お貴族さまのレシピノートを読めたり、
ティアナさまと料理の話をしながら、初めての料理に挑戦できたり……。
もうできなくなると思ったら、ちょっと寂しくなっちゃって」
アンナが小さくため息をつき、そっと母の手を握った。
「お母さん……。そうよね、短い間だったけど、私もここでの経験はずっと忘れないわ」
「……うん」
ミーナの頬がゆるみ、少しだけ元の柔らかな笑みが戻る。
その様子を見て、私は口を開いた。
「もしミーナがよければ、このまま働いてくれてもいいのよ?」
「「…………えっ?」」
「オリバーさんひとりじゃ手が足りないし、人手に余裕があれば、朝食や使用人の食事ももっと手の込んだものを出してあげられると思うの」
ミーナは一瞬きょとんとした後、ぱっと表情を明るくした。
「……なんだ、そうだったのかい? だったら、これからもここで働きたいっ!
もっといろんな料理を作るよ、ねぇアンナっ!」
ミーナの勢いに、こくこくと頷くアンナ。
私は思わず尋ねた。
「ふたりとも、屋敷で働き続けてくれるの? それは嬉しいけど……元々、ダンさんと家族三人で食堂をやってたんでしょ? 食堂は……ダンさんに相談しなくて大丈夫なの?」
「食堂のことは心配いらないよ!
【調理】できる人は少ないけど、ダンに厨房を任せて、ホールには誰か雇えばなんとかなるし!」
ミーナはわくわくが隠せない様子で、「正式に雇われたからには、お貴族様向けの料理も、もっと頑張るっ!」と拳を上げた。
ミーナが嬉しそうで、何よりだ。
そんな彼女を見ていると、アンナが話しかけてきた。
「……ティアナ様、ありがとうございます。改めて、よろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくね。食堂の手伝いが必要なときは、遠慮なく言って。できるだけ融通はきかせるから」
私の言葉に、アンナが深く頭を下げる。
その横で、ミーナは頬を染めて笑った。
「……ありがとね、ティアナさま。最初は、お貴族さまのお屋敷で働くなんて、正直不安だったけど……今は、本当にここが好きなんだ」
「ふふ、それはうれしいわ。私も、ミーナとアンナがいてくれて助かってるし、ミーナたちの料理が大好きなの」
私の言葉に、目を丸くするミーナ。
「それは……【料理人】冥利に尽きるねぇ」
そう言って、本当に嬉しそうに笑った。




