161.傲慢の終焉
スティーブは静かに一歩進み出て、ロベールさんへと向き直った。
「……ロベール殿。あなたには、我が孫──ゴルベーザの非道な振る舞いによって、計り知れぬご迷惑とご負担をおかけしました」
その声には、静かでありながらも確かな悔恨が込められていた。
「家の名を背負う者として……いえ、一人の人間として……あなたに、心よりお詫び申し上げます」
スティーブは深く頭を下げた。
その後に続き、ゴルベーザの父親もまた、跪くようにして頭を垂れた。
「……父と同じく、私もこの場を借りて、あなたに謝罪いたします。
息子を制御できず、あなたの人生を狂わせた責を、心より恥じております……」
静まり返った空気の中、二人の謝罪が大広間にゆっくりと響いた。
ロベールは一瞬だけ目を閉じ、そして穏やかに口を開いた。
「……頭を上げてください。謝罪の言葉だけで失ったものが戻るわけではありませんが……あなた方の誠意は、受け取ります」
スティーブが、少しだけ顔を上げた。
その目には、わずかに安堵の色が差していた。
そのやり取りの背後で──ゴルベーザは立ち尽くしていた。
視線をあちこちさまよわせ、どこにも落ち着けず、ただその場の空気に飲まれ、気まずさと羞恥で押しつぶされそうになっている。
父が。祖父が。自分が「見下していた相手」に対して、深々と頭を下げている。
先ほど、自分が拒絶しかけた謝罪を、彼らは迷いもなく口にしている。
──まるで、自分の愚かさを突きつけられているかのようだった。
ゴルベーザは小さく息を呑み、ただ黙って、その場に立ち尽くしていた。
謝罪の一連が終わった後、リズは一歩前に出て、厳かな声で口を開いた。
「……では、処分について、こちらから通達させていただきます」
スティーブと領主代理はすぐさま背筋を正し、無言でその言葉を待った。
一方、ゴルベーザはぴくりと体を震わせたが、何も言わずに立ち尽くしていた。
「まず、スティーブ・マニュール殿。
貴殿はヴィリスアーズ家の執事長として仕え、数々の功を立ててこられました。しかしながら、貴殿の監督不行き届きにより、ゴルベーザ殿の傲慢を見逃し、多くの者に苦しみをもたらしたことは看過できません」
一瞬、スティーブの顔がわずかに引き締まる。
「ついては、執事長の職を解き、一執事として改めて仕え直していただきます」
「……畏まりました」
スティーブは穏やかに頭を下げた。
顔には悔しさも情けなさもあったが、それ以上に、受け入れる覚悟があった。
リズの視線が、今度はその隣の男に移る。
「貴方はマニュール家当主として、領主代理としての責務を果たす中で、その決断と行動は多くの場面で問題を生じさせました。
特に──息子の行いに対する不作為は、大きな責任です」
その言葉に、彼は拳を握りしめたが、やがて小さく頷いた。
「……返す言葉もございません」
「よって、領主代理の職はこの場をもって解任とし、マニュール家が一時的に保持していた領地管理権は、本来の血統者──ジルティアーナ・ヴィリスアーズ様に返還いたします」
その名が告げられた瞬間、部屋の空気がわずかにざわめいた。
私は何も言わず、静かにリズを見つめた。
「そして、ジルティアーナ様が新たに領地を治めるにあたり、貴方には補佐役としての任を改めて願います。
かつて貴殿が示した誠意と責任感を、今度は正しい形で生かしてください」
ゴルベーザの父親は、何かを飲み込むようにして、深く、深く頭を下げた。
「……感謝申し上げます。たとえ末席にあろうとも、今度こそ、御恩に報いる働きをいたします」
リズは小さく頷く。
──そして、沈黙の中、誰よりも居心地悪そうにしていたのがゴルベーザだった。
沈黙が落ちた広間に、再びリズの声が響いた。
「……最後に、ゴルベーザ・マニュール。そして、副隊長であるコルパ」
その名が呼ばれた瞬間、ゴルベーザの肩がびくりと震えた。
コルパもまた、控えの列の中で顔をこわばらせた。
「あなた方の行いは、多くの兵士、市民、そして我々への侮辱となり、取り返しのつかない被害を生みました。
その責をもって、この地より──追放といたします」
広間が静まり返る。
誰も声を出さず、ただその言葉の意味と重みに息を呑んでいた。
「今後、王国領内における役職、権利の保持は認められません。
ゴルベーザ・マニュールとしての爵位も剥奪され、以後は一市民としての権利のみが与えられます。
……それすらも、自身の行動次第であることをお忘れなく」
「なっ……!」
ゴルベーザはようやく声を上げたが、それ以上の言葉は続かなかった。
彼の父が、それを押しとどめるように片手を伸ばすが、それすらも無力だった。
リズはさらに言葉を重ねた。
「コルパ。あなたもまた、多くの不正に関わり、それを正す機会を自ら捨てました。
副隊長としての義務を放棄し、さらには貴重な上級ポーションをゴルベーザへ横流し、自らも横領しようとした──その責は重いものです」
「……っ、私が、何を……!」
コルパが反論しかけたその瞬間、ゴルベーザが「……横領……?」と呟き、彼を見た。
コルパは真っ青な顔で視線を逸らし、黙った。
私は静かに口を開いた。
「ゴルベーザ……助けてくれたロベールさんに感謝するどころか、救護もせず、その職さえも奪った。
そんな貴方を、私は許せません」
ゴルベーザは何も答えず、悔しそうに俯くだけだった。
私は目線をコルパに移す。
「コルパ。貴方は言いましたね?
『部下だって、頼りになりそうなやつからどんどん辞めてく。残ったのは、使えねぇのばっかだ』
その“頼りになる兵士”を育てたのは、ロベールさんです。
残った兵士を育てるのは、副隊長になった貴方の仕事でしょ!?」
「……っ」
「こうも言っていましたね。
『なんで俺ばっか、こんな目に遭わなきゃならないんだ。こんなに働いてるんだ。上級ポーションの2本くらい、頂いたっていいだろ』と。
……ふざけないで。この上級ポーションは、ロベールさんのような怪我を負った人を治すためのもの。
ロベールさんやネロくんたちのような辛い思いをする人を、一人でも減らすために用意したものよっ!
アンタたちが、好きなように使っていいわけがない!!」
その言葉に、コルパは言葉を失った。
ゴルベーザも、コルパも、もはや顔を上げられない。
私の肩に、そっとリズが手を置き、彼らに言った。
「……追放の猶予は、明日の限りとします。
荷をまとめ、明日の日没までにこの地を去りなさい」
リズの言葉が最後の楔となった。
スティーブとゴルベーザの父親は、何も言わなかった。
それが妥当な処分であることを、痛いほど理解していたからだ。
ゴルベーザは俯いたまま、唇をかみしめていた。
その横で、コルパはただ震えていた。
自分たちが、守られる立場ではなくなった現実に、ようやく気づかされたのだ。
そして──
それは、マニュール家の傲慢が終わりを告げた瞬間でもあった。




