147.団長の責任
「どういうことだ? 俺たちは確かに、ロベールの後任の副隊長──コルパに、上級ポーションを10本預けたはずだ!」
そう言って、ダンさんはテーブルを叩いた。ミシッ、と木が悲鳴をあげる。
「クラース」
静かでありながらよく通る声で、ロベールさんがクラース団長を呼んだ。まっすぐに彼を見つめたまま、続ける。
「前回受け取った上級ポーション3本。お前……それにいくら払った?」
「……1本につき100万ペル。3本で、300万ペルだ」
「はぁ!? 俺たちはコルパに上級ポーションを10本!! 無料で渡したんだぞ!?」
──バンッ!!
またもダンさんが、机を叩いた。
……テーブル、大丈夫かな?
クラース団長は顔色が悪いまま口を開いた。
「上級ポーションは、そう簡単に手に入るものじゃない。なのに10本も……どうやって手に入れたんだ? 一本100万ペルでも安いくらいだ。それを無料で、だなんて……一体どういうことだ?」
「2年前の事件……俺が脚を失った経緯を知った彼女たちが、兵団のことを心配して、上級ポーションを無償で提供してくれたんだ。
最近、ダンがスラム街の子どもたちに頼んで、下級ポーションの素材を集めてるのも、全部兵団のためだ」
「どうして……そこまで……」
唇を震わせ、クラース団長は絞り出すように言った。それにリズが答える。
「兵団は町を守るために存在します。そしてその兵団を管理するのは、領主の務めです。
まず、兵士たちが安心して働ける環境でなければ、クリスディアの平和を守ることはできません。
──それが、現領主であるジルティアーナ様のお考えです」
何か言おうとしたのか、クラース団長は一度口を開いたが、結局何も言わずに俯いた。
顔は見えないが、その肩は微かに震えていた。
ロベールさんがそっと口を開く。
「さっきも言ったが、彼女たちは信じられる。
彼女たちの主である、ジルティアーナ様は俺たちと同じくらい……いや、もしかしたら俺たち以上に、クリスディアのことを考えてくれてるのかもしれない」
「……そうなのか。だったら……これからは安心だな」
そう言って力なく笑ったあと、唇をぎゅっと噛みしめた。
そして私たちの方を向き、深々と頭を下げる。
「ティアナ様、エリザベス様。
このたびは、せっかくご用意いただいた上級ポーションを、きちんと管理できず誠に申し訳ありませんでした。
私が責任をもって調査いたしますので……どうか、解任を少しお待ちいただけないでしょうか?」
クラース団長の深い謝罪に、その場の空気がしんと静まり返った。
彼の背筋はまっすぐで、言葉には一切の迷いがなかった。
ダンさんがクラース団長の肩を掴む。
「待ってよ、クラースっ! お前が団長を辞めたら、誰が団長をやるんだ? お前の代わりが、務まる奴なんていないだろ!?」
「……だが俺は、兵団長なのに、兵士の管理をちゃんとできなかった。
その責任は……取らなきゃいけない」
はっきりと、断言をするクラース団長。
そんなクラース団長に、ロベールさんは厳しい表情で言う。
「クラース。お前の責任感が強いところは長所だが、今回の件はお前の責任じゃない。お前には、どうしようもなかったはずだ」
そこまで言うと、今度は私たちの方を見たかと思うと、深く頭を下げた。
「すまない。ティアナちゃん、エリザベスさん。
せっかく提供してくれた上級ポーションが7本も失くなってしまったのは……俺のせいだ」
……ロベールさんのせい?
クラース団長の責任なら、まだわかる。でも、どうしてロベールさんが?
意味がわからず、「どういうことですか?」と素直に尋ねる。
「コルパは……俺が働けなくなった代わりに、ゴルベーザ様から指名をされ、俺の後任として副隊長になった人物なんだ。
もしもまた、兵士の誰かが大怪我を負ったとしても、この上級ポーションがあれば、俺のようにはならずに済む。
だからこそ、一刻も早く兵団にポーションを渡さねばという思いが先走って……クラースが不在の時に、現場責任者だったコルパに託してしまった」
ロベールさんは、私がテーブルに置いた上級ポーションを見つめながら、悔しそうに言った。
それを聞いたダンさんも、バツが悪そうに頭を掻いたあと、私たちに頭を下げた。
「それについては俺も同罪だ。
コルパはゴルベーザ様に指名された副隊長だが、昔からこの町に住んでるやつで、町の不利益になるようなこと──ましてや、こんなすぐバレることを仕出かす奴だとは思ってなかった。せっかく用意してくれたポーションを……ごめん」
頭を下げる2人を、クラース団長が、哀しげな瞳で見つめ、ゆっくりと口を開いた。
「お前たちのせいじゃない。忙しさを理由に、コルパに仕事を任せすぎた……僕の責任だ。
……2年前にロベールが、この兵団から離れて、初めて気づかされたよ。
お前がどれほど多くの仕事をこなしていたかを。現場のこともそうだが……特に、書類仕事が大変でね」
クラース団長の声には、どこか疲れが滲んでいた。
兵団長としての責任、信頼していた部下の裏切り、そして失われたポーションの重さが、全て彼の肩にのしかかっているようだった。
そんな空気の中、静かに私は口を開いた。
「……クラース団長。コルパ副隊長が今どこにいるか、分かりますか?」
「今の時間は、町の巡回に出ています。夕方には戻ると思いますが……」
──おそらくコルパは、まだ自分のしたことがバレているとは思っていない。それならば……。
「とりあえずは、ポーション件はまだ気づいていないフリをして、普通に過ごしてください。
私たちはスラム街に行かなければいけないので、もう行きます」
そう告げて、席を立った。
そして、クラース団長の顔を見つめながら告げる。
「クラース団長。 あなたの解任は、考えていません」
「……!」
クラース団長が驚いた顔を向ける。
「責任を取ると言うのであれば、今後もしっかりと兵団をまとめ、この町を守ってください。
──夕方にまた、お伺いします。それまで、コルパを逃がさないようにお願いします」
「──はい。承知いたしました」
クラース団長は深く頭を下げ、私たちはそんな彼を背に詰所を後にした。




