143.新たな出会い
──ルナの姿が森の中に消えてから、もう数日が過ぎた。
それ以来、ステラは毎日のように、あの場所を訪れていた。
手にはルナの好みそうな、小さな果実と柔らかな草の束を携えて。
「……今日も、いないか」
茂みの前に腰を下ろしながら、ステラは小さくため息を漏らした。
あの日、ルナの小さな背中が茂みの奥へと消えていった光景が、今でも瞼に焼きついて離れない。
「でも……どこかで元気にしてるよね。きっと」
そう呟く彼女の声は、無理に笑顔を作ってはいても、どこか心細げだった。
──ルナが、どこかでこれを見つけて、食べてくれるかもしれない。
そんな願いを込めて、ステラは今日も果実と草をそっと地面に置いた。
私たちは少し離れた場所から、その背中を見守っていた。
並んでいたのは、いつものメンバー。私とリズ、レーヴェにエレーネさん。
誰も声をかけずにいたが、ため息混じりに思いを口にしたのは私だった。
「『きっと、また来てくれるわ』なんて……無責任だったかな、私」
「採取がない日まで、こうして探しに来てますからね。あの子……本当にルナのこと、大切に思ってたんですね」
リズの声も、どこか切なげだった。
すると、エレーネさんがそっと歩み出て、ステラの元へ駆け寄った。
ステラはその気配に気づき、くるりと振り返ると、いつものように笑顔を浮かべた。
けれど、その目には、わずかな寂しさが滲んでいた。
「今日も……会えませんでした」
「そっか。でも……私も、ルナに会いたいな」
エレーネさんのやわらかな言葉に、ステラは少しだけ目を伏せてうなずいた。
──“きっとまた会える”と信じてはいる。
けれど、それが“いつ”になるのかは誰にもわからない。
それでも、ステラは待ち続けていた。
さらりと風が森を通り抜け、木々の葉を優しく揺らしていく。
その音の中、ステラの赤い瞳は静かに、ルナが消えていった茂みの奥をじっと見つめていた。
「……また、会えるよね?」
ぽつりとこぼれたその声は、誰に届くともなく、風に乗って森の奥へと溶けていった。
けれどその瞬間、ふわりと漂った葉の香りに、私はなぜだか、ルナがすぐそばにいるような気がして──ふと空を見上げた。
「──よし」
ステラがふいに立ち上がり、こちらを振り返る。
その顔にはまだ少し寂しさが残っていたけれど、きゅっと結ばれた唇は、いつもの前向きな彼女らしかった。
「私のために森へ寄ってくれて、ありがとうございました。……さあ、行きましょう。スラム街へ」
その言葉に私たちはうなずき、ステラのあとを静かに追った。
彼女の後ろ姿は、どこか儚くも、確かに前を向いていた。
◆
森をあとにして、私たちは町へと戻った。
町の入口──門の前で、目的の人たちを見つけて声をかける。
「おはようございます、ダンさん、ロベールさん! ……あれ?」
ダンさんたちの姿を見つけて名前を呼んだところで、ふと見知らぬ人物の存在に気づき、思わず言葉を止めた。
もしかして、話の邪魔をしてしまったかも。少し気まずさを感じていると──
ロベールさんの隣にいたルトくんが、ぱあっと笑顔になって駆け寄ってきた。
「お姉ちゃん!! おはよう!」
そう言ってルトくんは私の横をすり抜けて……まっすぐエレーネさんのもとへ。
まるで、私の姿なんて目に入っていないかのように。
「おはよう、ルトくん!」
エレーネさんは膝を曲げて、優しく笑いながら彼を迎え入れる。
ルトくんはとびきり嬉しそうに、その胸へと飛び込んだ。
人懐っこい子だけれど、エレーネさんにはとくに懐いている。
……ちょっと寂しい。
「ティアナさん! それに、みんなも。おはよう」
そんな私の気持ちを打ち消すように、ネロくんが元気に挨拶してくれた。
「おはよう、ネロくん」
私も笑顔で返し、それに続いてダンさん、ロベールさんとも挨拶を交わした。
そして──さっきから気になっていた、初めて見る人物に目を向けた。
ダンさんより背が高く、ひょろりとした体格。
白髪混じりの焦げ茶の髪はやや長めで、無精ヒゲに切れ長の目。
革鎧をまとってはいるが、どこか兵士っぽくない雰囲気だ。
年の頃は40代くらいだろうか──ダンさんたちより一回り上に見える。
(この人、門番じゃないよね……?)
そう思っていると、ロベールさんが一歩前に出て、私たちに紹介してくれた。
「皆さん、ご紹介します。
こちらがクリスディアの兵団長、クラース団長です」
「えっ……!?」
思わず声が漏れた。
兵士っぽくないと思っていたのに、まさかの“団長”だなんて──予想外すぎる。
するとダンさんが口を開いた。
「ほら、やっぱりそうだろ? お前は団長に見えないんだよ」
「えー……そうかな? 最近は前と違って、若く見られなくなったのになぁ」
「……クラース、逆に老け込み過ぎだよ。その髭や白髪のせいで30代には見えなくなってるよ」
「ええっ! 30代!?」
今回、声を上げたのは私じゃなくて、エレーネさん。
私はというと……驚きすぎて、逆に声が出なかった。




