131.最高の取引(一部除く)
「ゴルベーザ・マニュール?」
ロベールさんがポツリと呟いた。
思わず呼び捨てにしてしまったのだろう。ハッとした顔をして、慌てて言い直す。
「ごほん! 大変失礼致しました」
「どうしてここでゴルベーザ・マニュール様の名が出る?」
ダンさんが眉をひそめる。
「ゴルベーザが引き起こした一連の事件によって、兵団は2年間で莫大な損害を被りました。戦力の低下、物資の不足……どれも計り知れない負担です。そして被害者の救済は、行われてもいません」
リズは、僅かに目を細め、意味ありげに微笑んだ。
「だから、損害賠償として──下級・中級・上級ポーションを5年分くらいは、ゴルベーザ・マニュールに用意してもらいましょう」
ダンさんとロベールさんが、目を見開いたまま固まった。
「先ほど、ロベールさんは『上級ポーションのこともありますし、下級ポーションを大量に買う資金がありません』と言ってましたが……兵団が払うつもりでしたか?」
リズは小首をかしげる。
「上級ポーションの代金も、もちろんゴルベーザ・マニュールに払わせますよ。2割増で」
──ゾクリ。
背筋が冷えた。リズの言葉に、空気が凍りつく。私だけじゃない。周囲の誰もが、青ざめた顔でリズを見つめていた。
ゴルベーザ……南無。
心の中で「チーン」と弔いの鈴を鳴らした。
リズの言葉に場が静まり返る。
ロベールさんとダンさんは顔を見合わせたが、どちらも言葉を発せなかった。
「で、ですが……」
少しして、ロベールさんが重い口を開く。
「ゴルベーザ・マニュール様が、この件を了承するとは思えませんが……?」
「そうでしょうね。でも、大丈夫ですよ」
リズが不敵に笑う。
「これはもう決まったことです。今さら覆せません」
「……えっ?」
ロベールさんとダンさんの表情が凍りつく。
「ちょ、待て待て! それはどういう──」
「兵団は上級ポーションをはじめ、大量のポーションを確保できる。私たちはポーションをゴルベーザに売ることで利益を得る。その利益を使って、スラム街を救済する。
ね? 素晴らしい取引でしょう? みんなが得をするわけです」
うん、最高の取引だよね。
……まぁ、マニュール家を除けば、だけど。
「そういうことなので、ロベールさん。お手数ですが、兵団が年間で必要なポーションの数を確認していただけますか?
それと、もし可能なら、子供たちの護衛をしてくれる方も紹介してくれると助かります」
「は、はい……」
ロベールさんが返答をするが、混乱を隠しきれない。
それを見ていたエレーネさんは、普段なら自分がその立場であるだけに、他人事とは思えなかったのだろう。苦笑いを浮かべながら、説明を加えた。
「今のクリスディア領の正式な領主は、私たちの主、ジルティアーナ様です。マニュール家は、あくまで代理に過ぎません。そして、その代理業務を怠っていたのなら……ジルティアーナ様はもちろんですが、その側近であるティアナ様、エリザベス様の意向に従わなければなりません」
その言葉に一番衝撃を受けたのはダンさんだったようだ。
「あんたら、そんな凄い人……て、違う。凄い方たちとは知らず、失礼な態度をとって申し訳ございませんでした」
「やめてください! 私が普通に接するように、お願いしたんだから、どうか今まで通りに接してよ」
謝罪し、頭を下げたダンさんに私は言った。
できればロベールさんにも気さくに接して欲しいと思ってたのに……まさかな展開に焦る。
せっかく仲良くなれたと思ったのに……と、泣きそうな気持ちになる。
「ダンさん、ロベールさん。あなた達はティアナ様の部下ではありません」
急に聞こえたその声に振り向くと、エレーネさんだった。彼女は優しく微笑みながら続けた。
「ティアナ様はダンさん達と気さくに交流が出来て、本当に楽しそうにされてました」
困惑するダンさんに、エレーネさんが更に続ける。
「私は平民ですが、幼い頃からエリザベス様に仕えていた為、一般の平民の常識に疎い部分がありますし、この町や海のことは知りません。
なので平民の暮らしやこの町について、これからも友人として色々教えてあげてくれませんか?」
それを聞いて困ったように「でもなぁ……」と呟くダンさん。
私は両手を組み、目で「お願いっ!」と必死に訴えかけた。
しばらく見つめ合うと、頭をガシガシと掻いてダンさんが叫ぶように言った。
「アー! もう分かったよ! 今まで通りでいいんだな?」
うんうん! その通り! と私は勢いよく頷いた。
「でも、それなら! 俺だけ普通に接するのは気まずいから、ロベールも敬語抜きだぞ!?」
急に話を振られたロベールさんは、目を大きく見開き、無言で驚きの表情を浮かべた。
「ええ、もちろん! ふたりとも敬語なしでお願いね」
私はロベールさんが無言なのをいい事に、笑顔で言った。




