129.新しい仕事
「ねぇ、下級ポーションを作るのに必要な材料って、簡単に手に入るのよね?」
「はい。井戸水は裏庭の井戸からいくらでも汲めますし、セージも庭に少し植えてあります。アルカ草は市場で買えますし、町の外の草原や森にも自生しているはずです」
エレーネさんはそう言って、確認するようにリズを見た。
「ええ。アルカ草なら、この町の周辺で採れます」
「それって、私も採りに行ける?」
「えっ!? ティアナ様が採取に行かれるのですか?」
一瞬の沈黙のあと、エレーネさんが驚いたように声を上げた。
「んー。正確に言うと、私が直接採りに行くわけじゃなくて、戦闘スキルのない私でも問題なく行けるくらい、安全に採取できる場所かどうかってこと。それが知りたくってね」
「それは……何をするつもりですか?」
リズの問に、私は笑顔で答える。
「安全なら、スラム街の子供たちにアルカ草の採取を頼みたいの」
「スラム街の子供に……?」
「確かに、アルカ草の採取自体は危険ではありませんが……なぜ、わざわざスラムの子供たちに?」
私の脳裏に、先日スラム街にいった時に見かけた、やせ細った子供たちの姿がよみがえる。
「うん。スラムの子たちって、仕事がなくて食べるのもやっとでしょ? でも、もし安全な採取作業をお願いできたら、食べ物やお金を渡せるし、生活も少しは楽になると思うの」
私は穏やかに微笑みながら続ける。
「最初はね、ただ食事を提供しようと思ったの。でも、それじゃあ……クリスティーナが居なくなって、クリスディアの暮らしが悪くなってしまったみたいに、もし私が居なくなったら、すぐに今の状態に戻ってしまうと思うの。だから……」
私は真っ直ぐリズを見た。
「彼らにとっても働く機会があった方がいいと思うの。誰かに頼られること、自分でお金を稼げること……そういう経験があれば、未来の選択肢も増えるんじゃないかなって」
エレーネさんとリズは顔を見合わせ、少し考え込むように沈黙した。
「……なるほど。ティアナ様は、ただ施しを与えるのではなく、彼らが自立できる道を作ろうとしているのですね」
エレーネさんが感心したように頷く。
「まあ、そんな大それたことじゃないけどね。ただ、私にもできることがあるなら、やってみたいの」
「ですが、スラムの子供たちが町の外へ行くには、安全面の確保も考えなければなりません。それをどうするかが課題ですね」
リズが冷静に指摘する。確かに、そのまま子供たちを送り出すのは無責任だ。
「うーん、それなら……」
私は少し考えたあと、手をぽんっと打つ。
「兵士か冒険者に協力を頼めばいいんじゃない? 採取をする子たちに護衛というか、出来れば指導・見守ってくれる人をつけてもらうの。それなら、問題なく進められると思う!」
「そうですね」
「ただ、さっき兵士は人材不足って言ってたから、そんな事に兵士を使う余裕があるか心配なんだけどね。
護衛だけなら冒険者で良さそうだけど、子供の見守りや指導となると、兵士の方がいいと思うのよね」
「でも下級ポーションの材料集めでいいんですか?
せっかく人手があるなら、ティアナ様は稲を使ってお米をつくりたいのではと思ってました。それなら護衛は必要ありません。
護衛をつけるなら、報酬が必要になります」
「まぁ、そうなんだけどね。でもお米作りって
広い土地や労力が必要だし、収穫まで時間もかかるのよ。スラム街のことは早急な課題でしょ?」
お米のことは諦めたりはしてない。スラム街の事が落ち着けばチャレンジするつもりだ。
それに……
「護衛への報酬なら問題ないわ! だって、下級ポーションでも1万ペルもするんでしょ? 材料は子供たちから仕入れて、私が作れば原価はかなり安くできるわよね」
そこまで言うと、ニヤリと笑う。
「それを正規の価格、1本1万ペルでゴルベーザ・マニュールに売りつければいいのよ。そして下級ポーションは2年前の賠償の一部として、兵団に頂くわ」
2人が目を丸くした。
エレーネさんもニヤリとすると「それはいい考えですね!」と笑った。
だが、私とエレーネさんとは違いリズが厳しい顔で言う。
「いえ、それでは駄目です」
「……え」
「正式な領主であるジルティアーナ様のツテを使って、特別に大量に用意するのです。
──2割増で売ってあげましょう」
「じゃあ、一度ロベールさんたちに相談してみて、良さそうなら兵団に依頼しましょうか?」
「はい! 早速行きましょう!」
こうして、私はスラム街の子供たちのために、新しい仕事を作る第一歩を踏み出すことになった。
そして私は思った。
……リズを敵に回してはいけない。本当に。
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