11.常識の違い
唯一私の正体を知る、エリザベスさん。
この1ヶ月間、ジルティアーナが居なくなってしまって、中身は私になった事を知っているのにジルティアーナに仕えるかの様に私を助けてくれていた。
それはとてもありがたかった。だけど、身分制度のない世界で生きた私にとって、一線を引かれてるようで寂しく思っていたのだ。
私に誘われたことが、予想外の事だったのだろう。
躊躇っていたが、そんな私の気持ちを察してくれたようだ。
エリザベスさんは自分の分を皿に盛り、斜め前の席に座るといつも私がするように「いただきます」と手を合わせた。
この世界には、食べる前に挨拶をする文化はない。いつも私がするのを見て真似てくれた事が分かり嬉しく思った。
エリザベスさんが美しい所作で、私がしたように少量の塩をつけて鶏肉を口に運ぶ。
もぐもぐ……ごくん。と飲み込んだ。
「どうかな?」
貴族仕様の濃い味に慣れてると物足りなく感じるかも……。 と、ドキドキしながら尋ねた。
「……美味しいです! なんで茹でただけの肉が、こんなに美味しいのですか!?」
「ほんと!? よかったら、野菜とかも食べてみて」
本当に美味しかったようで、初日のあの時以来、あまり笑顔を見せなかったエリザベスさんと笑い、会話を楽しみながら、茹で料理を食べた。
ただ、茹でただけの、本来なら大して美味しくもないだろう料理が、とても美味しく思えた。
「はぁ……美味しかったです」
一緒に食後のお茶を飲みながらエリザベスさんが呟いた。思わず出てしまった言葉のようで、クスっと思わず笑ってしまった。そんな私を見て、少し恥ずかしそうにしながら言う。
「貴女がここの食事を美味しくない。という気持ちが分かりました。いつもこのような物を食べてたのですか?」
いやいやいや、いつも茹で物オンリーを食べてた訳じゃないよ? あの油まみれ料理に比べると美味しかったけど、茹で野菜はそんな美味しいものでも無い。思うような調味料も無かったし。
私は、なかなか難しかったが精一杯、日本の食文化を伝えた。
海外に行った時にいつも思ったが、本当に日本のご飯って美味しいよね。和食はもちろんだけど、日本は和洋中と自国以外の食事も美味しいと思う。
海外だとまず、その国の自国料理以外は美味しく無いイメージがある。その自国のでも日本のご飯には敵わない。海外留学した時は味に耐えられず、なるべく自炊をした記憶がある。
私の話を聞いたエリザベスさんは「なるほど」と少し考えると言う。
「以前お伝えしたように、ヴィリスアーズ家で料理をジルティアーナ様がしたり、直接料理人と話をするのは難しいです。でも、クリスディアの街に行けば可能だと思いますよ」
「え、そうなの!?」
それは朗報だ。思わぬ話に前のめりになる。
「ここ、ヴィリスアーズ家だと出入りする使用人なども多すぎますし、何より旦那様や奥様の目があります。当主である旦那様の意向に従わなくてはなりません。でもクリスディアなら違いますよ。
クリスディアはジルティアーナ様がクリスティーナ様から受け継いだ、ジルティアーナ様の為の領地です。主は貴女です。クリスディアの地で貴女が料理人と直接話そうが、厨房に入ろうが貴女の自由です」
思わずポカーンとしてしまった。
なんですと。屋敷だけでもびっくりなのに、領地がジルティアーナ個人の物なの!?
話を聞くと、クリスディアはヴィリスアーズ家の物ではなくお祖母様のクリスティーナ個人の物だった為、彼女の遺言で当主権限などとは別にジルティアーナ個人に受け継がれたらしい。
スケールが大き過ぎる話に驚いてしまう。
息の詰まりそうなヴィリスアーズ家から出て、自由に出来ることが楽しみになる反面、思いの外責任がありそうな立場に震えそうになる。その不安を伝えると大丈夫ですよ。とエリザベスさんが笑った。
「元々はクリスティーナ様が管理されていましたが、クリスティーナ様が体調を崩しご自身で管理が難しくなってからは、クリスティーナ様の直属の部下だった、中級貴族のマニュール家の者が領主代行の業務をし、街を護ってくれています。
貴女が心配する必要はありませんよ」
そうなの? でも逆に大丈夫?
責任ある大変な業務だけ押し付け、自由にするのは気が引ける。そのマニュール家の人に来んなよ。ってウザがられない?
と思ったけど、貴族とはそういうものらしい。本来なら平民の私としてはなんだか複雑だ。
そのまま、エリザベスさんと私の世界──日本の話をしたりエリザベスさんの事を聞いたりなど、気付けば様々な話をしていた。
この世界にきて、ジルティアーナに突然なってしまってずっと緊張してたのだろう。久しぶりに笑えた気がする。
───コンコン。
控えめなノックの音がした。
おそらく食事を下げに侍女が来たのだろう。
エリザベスさんが立ち上がり扉まで行くと何やら扉の所で話し込んでいる。相手の姿は見えない。
もうこの時間も終わりか。ちょっと寂しいな·····。またこうやって一緒にお茶するチャンスあるかなぁ。なんて思っていると、エリザベスさんが戻ってきた。
その後ろには見たことない女性がいた。
メイド服の様なものを着ているが、エリザベスさんとは違うデザインだ。
エリザベスさん達、侍女さん達は黒いロングドレスにフリルが着いた真っ白なエプロン、クラシックな制服を着ている。生地も張りがあり質の良さが分かる。
それに対し、少女の服装はミモレ丈のグレーのワンピース。シンプルなエプロン。上品な可愛い服装だが、侍女より格が低い事が分かる。
「ジルティアーナ様、紹介させてくださいませ。
私の側仕えのエレーネです」
栗色の髪にグレーの瞳。可愛らしい顔をしているが表情は硬く、緊張をしているように見えた。女性は一歩前へ歩み出て、丁寧に礼をとる。
「平民の身ではございます。……ご挨拶をする事をお許しください。
エレーネと申します。エリザベス様の側仕えをさせて頂いております」
「エレーネさんね。わたくしは……ジルティアーナ、です」
私は初めて、自分でジルティアーナと名乗り、私も内心緊張しながら声をかける。
顔をあげたエレーネさんが、驚いたような顔で私を見てきた。……なんかやらかした?
心配になり、エリザベスさんの顔を見ると苦笑いを浮かべ彼女が言う。
「この国、フォレスタ王国では下級貴族だと平民と関わる事もありますが、上位になる程それは少なくなります。上級貴族ともなれば、平民と関わる事はあまり無いですし、あったとしても普通は侍女に会話をさせ平民とは直接会話をしないのが普通です。
……平民を同じ人だと思っている貴族は、少ないですから。貴族の気分次第で理不尽な目にあっても平民は文句を言う事も許されません」
つまり、上級貴族である私が直接声を掛けたから驚いていたの? 私はエリザベスさんの酷い言い様に驚き、言葉を失った。
でも、それがこの世界の常識なのだろう。
確かにジルティアーナの記憶を辿ると、ジルティアーナが平民と接した記憶がほぼ無いようだった。
商会の者と会うことが稀にあったようだったが、確かにその時は言いたいことがあればエリザベスさん等を介して会話をしていた。
話したい相手が目の前に居るのに、伝言ゲームみたいな事をするなんて、めんどくさ……。