100.それぞれの魔力量
まじまじと自分の両手を見る。
──私の中に、膨大な魔力があるなんて······。
そんなことを考えていると、エレーネさんとリズの会話が耳に入ってきた。
「アカデミー卒業前の測定結果は青色だったんですよね? どうして······」
「普通はありえないわ。特に青色以上は、なかなか上がりにくいものですし。恐らくは……」
そこでリズの言葉が止まった。
彼女のエメラルド色の瞳が、わずかに揺れたように見えたが、それを隠すようにそっと瞼が閉じられた。
少しの沈黙のあと、瞳を開いたリズは、まっすぐ私を見つめる。
「恐らくは……姫様が亡くなられたことが影響したのだと思います。
エルフの国のアカデミーでの研究結果に、“危篤状態から生還した者の魔力量が、大幅に増加する場合がある”という報告があるのです」
──危篤状態どころか、本当に死んでしまったジルティアーナ。
それが原因で、魔力量が膨大に増えたというのがリズの見解だった。
「青色でも、人間族としては十分に多い魔力量です。ですが、オーブンの魔石を一度に染めるのは、銀色の私でも難しいことなのです」
アンナとミーナを誤魔化すために属性の説明をしたが、どうやらそれだけでは説明がつかないようだった。
「特にこの国、フォレスタ王国では、昔と比べて人々の魔力量が減少しています。
ティアナさんの持つ膨大な魔力量は、誰もが欲しがるものです。その価値は、計り知れません。
……私たち以外の者に、“虹色”であることは知られないよう、くれぐれも注意してください」
それは、私だけでなく他の人たちにも言い聞かせるような、慎重で重い口調だった。
***
その後、残る三人の魔力量も、リズが測定することになった。
まずはエレーネさん。
「以前と同じ橙色ですが、少し桃色が混ざっています。訓練をすれば、桃色になれそうね」
「本当ですか!? 桃色になれるよう、頑張りますっ!」
次はレーヴェ。
「……やっぱり黄色、ですね」
「獣人族では黄色が平均的と言われています。ですが、エレーネのように魔術具を日常的に使用したり、魔力量を高める訓練を行えば、橙に変わる可能性もありますよ」
「わかりました。訓練に励みます」
一時は尻尾をしょんぼりと垂らしていたレーヴェだったが、リズの言葉で前向きな表情を取り戻したようだった。
そして最後は──
「……ステラ」
「ハ、ハイッ!!」
声は裏返り、今にも右手と右足が一緒に出てしまいそうな動きで、ステラは魔力測定器へと近づいた。
「そんなに緊張しなくて大丈夫よ。皆がやったように、手をかざしてみてください」
「……はい」
リズが優しく微笑みかけるが、ステラは緊張のせいか、震えた声で返事をしながら恐る恐る手を伸ばす。
水晶が光り、その輝きが落ち着くと──現れた色は、水色だった。
「水色!? すごいじゃないか!」
「わたしが……水色……ほんとうに?」
レーヴェはまるで自分のことのように歓喜の声を上げ、そのままステラを抱きしめた。
その腕の中で、ステラは信じられないというように、もともと大きな赤い瞳をさらに見開き、水晶を見つめていた。
「平民で、それもまだ未成年なのに……っ。水色なんて、本当にすごいことだわ! おめでとう、ステラ!」
「ありがとうございますっ!」
エレーネさんにも祝福され、ステラは頬を赤らめてぺこりと頭を下げる。
喜びに包まれる三人の姿を見て、私も自然と嬉しくなった──が、リズの様子は少し違っていた。
「……リズ?」
魔術具を呆然と見つめるリズが気になって、声をかける。
私の声にハッとしたように顔を上げた彼女は、ステラの元へ歩み寄り、そっと彼女の手を握った。
「……貴女の魔力量が、奴隷商に知られる前にティアナさんに買い上げられて、本当に良かった……っ」
その言葉を聞いた瞬間、ザァッと血の気が引いていくのを感じた。
空気が変わる。私だけでなく、他の皆も同じだったようだ。
ステラは何かを言おうと口を開いたが、唇が震え、言葉にならなかった。
「ステラっ!」
膝から崩れそうになった彼女の体を、レーヴェが素早く支える。倒れるのは免れたが、その顔は青ざめていた。
リズたちに促され、ステラは長椅子に身を預ける。
「ごめんなさいね。怖がらせるようなことを言ってしまって……」
「いえ……エリザベス様の仰ることは、もっともです」
硬い表情で応じたのは、レーヴェだった。
彼はエレーネさんが差し出した水をステラに飲ませ、ほっと息を吐くと、私に向き直り、深々と頭を下げる。
「ティアナ様……本当にありがとうございました。あのまま、奴隷商──イリーガル商会にいたら、ステラがどんな目に遭っていたか……っ」
魔力──誰もが欲しがる力。
私は上級貴族として生まれた以上、多少面倒なことはあっても、粗末に扱われるようなことはまずない。
だが、ステラは違う。奴隷として、もしも魔力量が多ければ──
周囲から妬まれ、酷使されるのは目に見えている。むしろ、魔力を使うだけで済めばまだ良い方だ。
遠慮なく魔力を使える奴隷は重宝され、高額で売買される。
魔力量は遺伝の影響が強いとされている。ならば、奴隷商が考えるのは……魔力量の多い“奴隷”という名の“道具”を、さらに増やすことだろう。
しかも、ステラの容姿は優れている。今は幼いが、成人すれば、間違いなく美しい女性になる。
──それ以上のことを想像するのが、怖くなった。
私はそこで思考を止めた。
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