99.魔力量の測定
「魔力量を測る為の魔術具です」
リズにそう言われ、ジルティアーナの記憶を辿ってみる。
───魔力量を測る魔術具。一般的には《魔力測定器》と呼ばれているものだ。
幼い頃に何度か使用したこともあるが、もっとも新しい記憶は……成人の儀の少し前、アカデミー卒業の時だ。
アカデミー在学中は、学年が変わるたびに定期的に測定があり、卒業前にも必ず測る決まりとなっている。
「貴族は凄いですね。魔力測定器を個人で所有するなんて……」
レーヴェの呟くような言葉に、リズが応じた。
「魔力測定器は貴重な魔石を使っていて、国がその所在を管理しているわ。お金さえ出せば買えるような代物じゃないの。
これは元々、クリスティーナ様の私物よ。元王女であったクリスティーナ様には多くの専属が必要だったし、その仕事も魔力量を使うものが多かったから、使用人の採用時などに用いていたものなんです」
「貴族だとアカデミーで定期的に測定するようだけど、平民だと滅多に使う機会もないわよね。私も成人の儀の時にしか使ったことがないもの」
苦笑いしながらそう言ったエレーネさんに続いて、「わたし……」と、どこかか細い声が聞こえた。
見ると、泣きそうな顔をしたステラだった。
「今まで魔力量を測ったことがありません。魔力が少ないと、ヴィリスアーズ家では働けないのでしょうか……?」
その言葉にハッとしたように、レーヴェが俯く。
「……俺は、成人の儀で測定はしましたが、魔力量は少なかったです」
その言葉に慌てたのは、エレーネさんだった。泣きそうなステラの元へ駆け寄り、肩に手を置いて言う。
「二人は、魔力を使わせるために雇われたわけじゃないのよ! 仮に魔力がなかろうと、ティアナ様の専属じゃなくなることなんて、あるわけないでしょう!」
強い口調でそう言ったかと思えば、エレーネさんは不安げに私とリズを見た。
「……そうですよね?」
「もちろん。魔力量がどうであれ、二人は大切な私の専属よ」
「エレーネ……あなたまで不安そうな顔してどうするの」
呆れたようにリズがエレーネさんの額をつつくと、「だってぇ」とエレーネさんは大袈裟に額を押さえ、情けない声を上げた。
そんな様子にリズはため息を吐き、続ける。
「二人の魔力量が少ない可能性は、最初から想定済みです。人間に比べて、獣人は一般的に魔力量が少ない傾向にあります。でもそのぶん、身体能力に優れているでしょう?」
それを聞いて、ステラとレーヴェはほっとしたように微笑んだ。
リズが魔力測定器を持ってきた理由は、どうやら私の魔力量を測るためらしい。それを聞いて、私は思わず口にする。
「魔力量なら、アカデミーを卒業する時に測ったわよ? それからまだ三ヶ月も経ってないけど……そんな短期間で魔力量って変わるものなの?」
「ええ。おっしゃる通り、普通は三ヶ月程度で結果が変わることはまずありません。そのときの結果、覚えていらっしゃいますか?」
──記憶を辿る。
魔力測定器は、成人の儀で天職とスキルを調べた時と同じように、水晶に手をかざして使う。魔力量に応じて、水晶は異なる色に輝く。
金・銀・青・水色・赤・桃・橙・黄──
魔力量によって、八色に分かれている。
その仕組みさえ知っていれば、見るだけである程度の魔力量が分かるため、天職の判定とは異なり、神官の立ち会いも必要ない。
平民は成人の儀の際に。貴族はアカデミー卒業時に測ることが一般的とされている。
そして、私──ジルティアーナがアカデミー卒業前に受けた測定結果は──
「青色だったわ」
「そうですよね。私も、測定された日に『青色だった』と姫様から報告を受けました」
──『リズ、私やったわ! とうとう青色になったの! アカデミーの先生方も、学生で青色なんて十年以上ぶりだって、すごく褒めてくださったのよ!』
測定を終えて帰宅するなり、リズに報告していたジルティアーナの興奮気味な声と、優しく見つめるリズの姿。
──そんな、ジルティアーナの嬉しそうな記憶が脳裏に浮かぶ。
元王族の血を引く上級貴族として、周囲の期待も大きかった彼女は、子供の頃から魔力量も多い方だったが、それに甘んじることなく努力を重ねてきたのだ。
「手をかざせばいいのよね?」
「お願いします」
意識を目の前に戻し、リズに促されて魔力測定器に手をかざす。ゆっくりと魔力を流し込むと、水晶が激しく輝いた。
そして、光が弱まり落ち着くと──そこには、金色に染まった水晶玉があった。
「き、金色!? あのクリスティーナ様でさえ銀色だったって言われているのに……!」
驚きの声を上げるエレーネさんに思わず目を向けるが、リズの声に促されて再び水晶を見る。
「まだ、測定は終わっていません」
その言葉とともに、水晶の色が再び変わった。
──金色から、虹色へと。
ジルティアーナの知識では、青色であれば優秀、銀色なら歴史に名を残すような人物が多く、金色に至ってはもはや伝説級。
そして──虹色など、聞いたこともなかった。
水晶玉は今、複雑な色が混ざり合い、美しい虹色に輝いていた。
「これ……どれくらいの魔力量なの? ジルティアーナの知識じゃ八色しかないし、虹色なんて存在してないんだけど……」
エレーネさんもレーヴェも、戸惑いの表情を浮かべている。
どうやら、ジルティアーナが無知だったというわけではなさそうだ。
まさか──
「こ、壊しちゃった……?」
さっき、この魔術具がとても貴重なものだと聞いたばかり。使い方を間違えたのかと震える私に、リズがそっと手を添えて魔術具から引き離した。
そして、自ら手を水晶にかざす。
再び光を放った水晶は──銀色に染まった。
「銀色!?」
「私はエルフですから。エルフ族は魔力量が多い種族なので、人間よりも銀色が出やすいんですよ」
「にしたって……エリザベス様、すごいです……」
リズが魔術具を確認しながら言う。
「大丈夫です。壊れてなどいません。ティアナ様の魔力量が、金色を超えていたというだけです」
「金より上なんてあるんですか!? 金色が最高だと聞いていましたが……」
「金色ですら、エルフ族でも滅多に現れないレベルです。虹色に関しては、五百年前に亡くなった大賢者様がそうだった……という伝説が残る程度で、真相も定かではありません。
人間族で虹色が出たという話は、私も聞いたことがありません」