ハットトリックを掴め!
あの時、残り15分を切っていた。
栄光のトロフィーを掲げ、満面の笑みで写真に写る若き日の自分の勇姿を、俺はロックのブランデーを傾けながら、懐かしく眺める。
あの試合……。俺が奇跡のハットトリックを起こした思い出のゲームを、俺は一生忘れることは出来ないだろう。
チャンスなんてそうそう歩いてはいないものだ。
見つけたら逃すな、掴んだら離すな。
俺はフィールドを隈なく覗いながら、自分に言い聞かせていた。
もう既に俺は2本を決めていた。しかし勝負の行方はまだわからない。
あと1本、俺が決めれば……。
勝負に確実はないが、ハットトリックを達成すれば、敵は戦意を大きく喪失するはずだ。
その時、目の前にチャンスがやって来た。
「あたしが貰うわ!」
油断があった。突然、背後から現れた辰巳栄子にチャンスを奪われた。
「おばあちゃん、あたしがオンブして渡ってあげるね!」
そう言うと辰巳栄子は、俺がおぶろうとしていた老婆を軽々と片手で持ち上げ、背中にすとんと背負い、手を挙げて、右見て左見てもう一度右を見て、横断歩道を渡りはじめた。
迂闊だった! 横断歩道を渡ろうとしている老人や子供、身体障害者など、そうそういるものではないというのに!
俺達オンブのプロである『オンバー』の戦いは1点がデカい。何しろ横断歩道を渡ろうとしている老人や子供、身体障害者など、そうそういるものではないからだ。
残り15分を切っていた。俺は焦る心を抑えて慎重に、チャンスを探した。
「ホーホホホホホホ! これで2点目よ!」
老婆を無事向こう側の歩道にゴールした辰巳栄子が高笑いを上げている。並ばれた! 他のオンバー達は皆、0〜1点。辰巳栄子と俺だけが2点。
次に誰かをオンブできた方がおそらく優勝する。
そして同時にハットトリックが達成されるのだ。
その時だった。またとないチャンスがやって来た。
「あっ」
辰巳栄子が声を上げた。
「しまった……!」
何事かと慎重に観察すると、辰巳栄子のハイヒールの踵が取れていた。これではやつはもう、おぶれない。それどころか……
「お嬢さん、おぶって差し上げましょう」
片足でケンケンしながら立っている辰巳栄子を、俺は素早くおぶった。
「きゃっ!? ひ、卑怯よ!」
彼女こそがチャンスだった。文句は言わせない。困っている人をオンブして渡ってあげるのか我々プロの役目なのだ。
大歓声はなかった。どうせ我々は孤独な戦士。
若き日の勇姿を、俺は栄子と並んで懐かしく眺めた。