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『鉄鎖のメデューサ』  作者: ふしじろ もひと
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第14章

「ろびん……」

 背後から舌たらずな声がおずおずと呼びかけた。不安げなその声に、ロビンは我にかえった。ラルダも物思いから覚めたように小柄な妖魔に目を向けた。

「……不安がらせてしまった? クルル。心配しないで。きっと森へ帰してあげるから」

 思いがけぬ穏やかな柔らかい声に背後の妖魔の緊張がゆるんだのをロビンははっきりと感じたが、彼自身はむしろ虚を突かれた思いだった。まなざしを戻した黒髪の尼僧の顔の美しさに、彼は目を見開いた。

「どうした? ロビン」

 硬質さを取り戻した声が空気を変えた。顔にも厳粛さが戻っていた。一瞬かいま見えた姿は幻のように消えていた。

 だが、なぜかロビンは思った。あれが本来の姿なのだと。曲げられた運命を正す者と名乗った尼僧その人も、なんらかの理由で真の姿を取れずにいる者なのだと。


「あるべき場所で、あるべき姿で。私が初めて啓示を受けたとき神が告げた言葉だ。神の言葉だったから私は従った。確かに最初はそうだった」

 まるでロビンの思いに呼応するかのように、ラルダの声が聞こえてきた。

「だが私は思い知った。本来の場所から引き離されあるべき生を奪われたことが、あの哀れな人魚を怪物として死なせたのだと。運命を歪められたものの苦悶こそが魔なのだと。

 だから私はクルルを樹海へ帰す。神の言葉だからではなく、私自身の意志で。この地にいる限り、クルルは人間を害する魔物としていつ殺されてもおかしくないのだから」

 強い光を宿した緑の瞳が少年を見据えた。

「もう一度きく。ロビン。おまえも私といっしょに行くか?」

 ラルダの視線を少年は真っ向から受け止めた。何の迷いもなく彼はうなづいた。

「では必要なものは私が準備する。おまえは身の回りを整理しておいてくれ。雇い主には身内が遠くに住んでいることがわかったとでも話しておくといいだろう」

 ラルダは立ち上がった。

「街の噂もだいぶ下火になった。いまはもうクルルのことより、石にされた魔女とやらの激怒がいかに凄まじいかが酒場の話題の中心だ」

 ため息をついたロビンを見て黒髪の尼僧は苦笑したが、真顔に戻るとたもとから二つに折れた小さな花瓶を取り出した。

「準備が整えるにも身の回りの整理にも数日みておいたほうがいいだろう。けれどこの家からも私は目を離さない。私に用があるときはこの花瓶の胴を戸口の外に出してくれ。私が用がある場合は声をかけるが、もし留守だったらこの花瓶の首を置いておくから、おまえが戻りしだい花瓶の胴と入れ替えてくれ。すぐに私はここへ来る」


 人通りの途切れた時を見計らい、仮面とフードに正体を隠した人影はすっかり暗くなった街路に出ていった。はやる気持ちに胸たかぶらせながらも、ロビンはクルルに三人で森に向かって出発することになったと一生懸命伝えた。なんとか伝えることに成功したとき、小柄な妖魔は目を輝かせ喉を震わせ高い声で鳴いた。歓喜に打ち震える声音だった。

 結局その夜、彼らはもう眠れなかった。



----------



「メデューサがまだ街にいる? しかも生け捕りにしろというんですか? それも明日の夜?」

 隊長の話を聞いたアーサーが思わず大声を出した。四人の仲間たちも、誰もが驚愕の表情を隠せずにいた。

「そんな無茶な! あれを生け捕りになんて!」

「刺激すればかえって被害が出ますわっ!」

「いっそ街の外へ追い出すべきです! それならまだしも方法があります!」

「上からの指示だ。従うしかない。それにメデューサを捕まえるのは協力者がしてくれるそうだ。メデューサを隠していた容疑者を、つまりこの街に持ち込んだ容疑者ということだが、その身柄を拘束するのがお前たちに与えられた任務だ」

 スティーブ隊長は五人の若者たちをぐるりと見回した。

「明日その協力者が打ちあわせに来るそうだ。詳しい話はそこで聞ける。正午にこの本部に集合するように」



 廊下に出た若者たちは額を寄せあった。

「街にはなんの動きも情報もないのに、なぜなんだ」

「しかも手の内をぎりぎりまで明かさない。なにかきな臭くありませんこと?」

「上からの指示だというが、どこからそんな話が出たかだな」

「アンソニー、時間がほとんどないがなにか掴めそうか?」

「約束はできませんが、やるだけやってみるでありますよ」

 アーサーは仲間たちを見渡した。

「それでは十時に宿舎だ。みんなもそれぞれ心当たりを当たり、分かった情報を突き合わせよう」

 頷き合うとスノーレンジャーたち五人は、宵闇の深まる街へと散っていった。


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