(68)国賓
支度に訪れた侍女達は、誰ひとり私に話しかけようとはしなかった。恐らく、そう命令されているのだろう。エミリの首に付いた血の跡も、もしかしたら見たのかもしれない。私に同情や味方をするとああなるという例が作られてしまった以上、仕方のないことだ。
しかし、エミリをこれ以上王城にいさせるのは、本人の為にもならないだろう。アルフレッドに頼むのも怖いので、父に彼女の仕事の斡旋を依頼した方が良さそうだった。
「完成致しました。お鏡を御覧下さいませ」
為すがままにされていた私は、鏡に映る自分の姿を眺めた。始めは青いドレスを着させられたのだが、これまでの食欲減退の所為で血色がよくなかったのかすぐに却下され、次は赤いドレスを着たが今度は胸のサイズが合わず、最終的に淡黄色のドレスに着替えさせられた。
少し温かみのある色は、マヨネーズの様で、凍りつきそうになっていた私の心を少しだけ温めてくれた。首までレースで覆われており、肩ががばっと出て腕にひらひらとした袖が付いた形になっているので、これなら胸が足りなかろうが問題はないとの判断らしかった。膝から下は贅沢に広がっており、シンプルではあるが上等な物の様だ。もしかしたら、アンジェリカ用に新たに仕立てられたものなのかもしれないな、と私はぼんやりと思った。
侍女が、少し憐れみを含んだ視線で私に言った。
「よくお似合いですわ」
「――ありがとう」
色合い的に若干ウエディングドレスっぽくも見えたが、この程度なら問題あるまい。本妻候補がいる状態で、第二夫人候補がウエディングドレスと思われそうな色のドレスを着ていたら、どんな国賓だかは知らないが、私のことを主張の強い悋気女だと思いかねない。今後、公務担当としてやっていくのであれば、あまり悪印象は持たれたくはなかった。特に、未来の第二夫人という弱い立場なのであれば。
「では、参りましょうか」
「……ご案内致します」
一番立場が上そうな侍女が、私に頭を下げた。ここにいる者達は、昨日のホルガー達の騒動も勿論知っているのだろう。先ほどのアルフレッドの怒鳴り声も、大体は聞いていたに違いない。王族や貴族に憧れを抱いていたのなら、それはきっと今日崩れ去った筈だ。
扉が大きく開け放たれる。すると、あの見張りの兵が駆け寄り、敬礼をしつつ小声で私に言った。
「エミリのことは、私にお任せ下さい」
「……貴方は?」
前に、エミリの身体検査をした兵の片割れが、何故そんなことを。私が怪訝そうに尋ねると、兵は小さく笑って答えた。
「私はあの子の兄です」
「あ……そうだったの……」
アルフレッドは、勿論そんなことは知らずにこの兵にエミリを閉じ込めておくように指示したに違いない。ほっとした私は、彼に向かって更に小声で言った。
「エミリも貴方も、スチュワート家に行くといいわ。父は、悪いようにはしないと思うから」
「お心遣い、感謝致します。――ですので、ナタ様」
「……なあに?」
私が彼を見上げると、なんとウインクをしたではないか。
「ガツンとやって下さっても、こちらは全く問題ございませんのでご安心を」
この兵は、これまで私とアルフレッドのやり取りをある程度聞いていたに違いない。それと、エミリからは私の話を。
そうだ。もしかしたら、レオンが来たのだって知っていたのかもしれない。だって、思い返せばそこそこ大きな声を出していたし。
まだ、抗える。また、戦える。
ひとりの兵の言葉で、こんなにも勇気が湧いてくるなんて思わなかった。私は笑顔になると、彼に向かって言う。心からの気持ちを乗せて。
「ありがとう。――今までも、本当にありがとう。頑張るわ」
「はい!」
背後に控える侍女達には、勿論私達の会話など筒抜けだ。だけど、彼女達は澄ました顔のまま微動だにしなかった。ああ、ここにも理解者がいるじゃないか。私は、その事実を知らされると、真っ直ぐに顔を上げ、王の間へと向かい始めた。
「――あ」
そして、立ち止まる。一番立場が上そうな侍女を手招きすると、こそっと耳打ちした。
◇
今朝早くに急な訪問の伺いを立ててきた大国からの使者が、再び城の前に現れた。緩い金髪の、明るい雰囲気を持つまだ年若い男だ。黒い上等な生地の軍服には、銀糸で細やかな刺繍が施されており、肩から前部にかけて吊るされた飾緒が、その者が本来であれば使者に立てられる様な気軽な身分の者ではないことを表していた。
アルフレッドは、宰相と警備の兵と共に、王の間で来客の到着を待っていた。
そして、朝に使者として訪れた際に軽く対応してしまった相手が、実は軍の中でも地位の高い者だったと、その服装を見て知った。生誕祭の時に見かけていた筈だが、服ばかり見ていて顔を見ていなかったことに今更ながらに気が付き、内心ひやりとする。だが、それをきらびやかな笑顔の中に隠した。
大抵の人間は、この笑顔に見惚れて本来の目的を忘れてくれる。特に女性はそうだった。かつての婚約者であるナタ・スチュワートだけはこの笑顔にも無反応であったが、実はアルフレッドのことを好いていたと聞き、アルフレッドは失いかけていた自信を取り戻しつつあった。今日この場を乗り切れば、彼女も自分の物となる。アンジェリカは面白くないこともあろうが、公務は王族には為さねばならぬ重要な仕事のひとつ。それを代行してもらえるのであれば、公務に及び腰であったアンジェリカも納得してくれるに違いない。
いずれは二人ともアルフレッドの子を成し、姉妹の様に仲睦まじく過ごしてくれればいい、とアルフレッドは思っていた。
王の間の中央、玉座の手前に用意された豪奢な会談用の大きなテーブルには、椅子が向かい合わせに四脚ずつ用意されている。今日急遽訪問してくることになった他国からの国賓と、使者として立てられた彼の右腕。それに、この国で懇意にしている貴族で付き添いとして来る二名の、計四名。こちらからは、アルフレッド、宰相とナタ。国王は、先方が要求したら顔を見せてもらうことになっている。
国王はナタの姿を見たら驚くだろうが、そこは長年国王を務めた者だ。後で問い質されることはあろうが、国賓の前で問い詰める様なことはしないであろうことは分かっていた。
使者である金髪の男が、アルフレッドの前まで来て、にこやかな表情で敬礼をした。宰相は背後で平頭している。
「王太子殿下、急な訪問にも関わらず、この様なお席を設けて下さりありがとうございます。我が君も、殿下の迅速なご対応に大変満足しておられます」
負けず、アルフレッドも外交的な笑みを浮かべつつ応える。
「とんでもない。私の生誕祭の際は大したおもてなしも出来ず、心苦しく思っていたところです。この様な小国に期間を開けずにいらして下さるとは思いもよりませんでしたが、我が国を気に入っていただけたのなら幸いです」
相手は軍人とはいえ、大国ウルカーンの高官職についている者だ。小国の王太子が生意気な口を聞いては、後々どう関係に利いてくるか分からない。自分の矜持の為だけに身分を笠に着て威張り散らす程、アルフレッドは馬鹿ではなかった。
何故か、あの元婚約者の前だけでは威張り散らしたくなってしまうのは、彼女の言葉に心が籠もっていないのがアルフレッドには分かってしまうからかもしれなかった。だが、あの孤高の気高い公爵令嬢が自分に平伏す時は、もうすぐそこまで来ている。あれを征服したい。そういった欲が、これまでずっと自分の中に燻っていたことを、ここ僅か数日の彼女との接触の間に自覚したアルフレッドだった。
王の間の巨大な扉の奥から、逆光を浴びて今日の来賓が王の間に入って来る。
威風堂々たる体躯、黒髪の美丈夫は、後ろにあり得ない二人を引き連れていた。
次話は夜の内に投稿します。




