(67)追い詰められたアルフレッド
アルフレッドは、突然入ってきて驚いた私達を気にすることもなく、勝手に自分の主張を始めた。
「ナタ、急ぎ支度をするんだ!」
「……はい?」
息を乱し慌てた様子のアルフレッドは、焦った表情を浮かべながらつかつかと私の元へとやって来たと思うと、急いでまくし立てた。
「国賓の急な訪問が先程決まった! 婚約者もろとも、直接会って話したいことがあると!」
「はあ、そうですか」
まあ、あれだけ大々的に婚約祝いをしたのだから、未来の国王夫婦になる人達とは絆を深めておきたいと考えるのは普通のことだろう。だが、最早私には一切関係がない。というか私は婚約者ではない。先方が婚約者と会いたいと言っている以上、それはアンジェリカ本人である必要があろう。アルフレッドがアンジェリカの公務代行に私をいかに望もうが、もう私はそんなものを引き受ける気はなかった。
この勇気は、レオンが私にくれた。だから、こんなものに駆り出される気もない。
「アンジェリカはまだ后教育も施されてはいない! それに今は病床にある! だから!」
「ならば、陛下と王妃様ではいけないのですか?」
婚約者の交代劇があったのは、あの場にいた来賓は皆見て知っている。だから、アンジェリカがまだ国賓を迎え入れる程のレベルに達していないとしても、問題はない筈だろうに。
「それがっ父上は『いい機会だから、先方が望む通りお前が対応してみなさい』と言うだけで!」
どうやら、国王は本当にこの鼻毛王子を孝行息子と思い込んでしまっているらしい。余程国王の前ではいい子を演じているのだろう。自業自得というやつであるが、私にとっては迷惑でしかない。
「アンジェリカ様の体調がよろしくないことを、陛下はご存知なのですよね? そこを押してみたらご理解いただけるのでは」
当然言っているだろう、そう思っての質問だったのだが。
「い、言ってない……」
「――はい?」
まさかの答えが返って来て、私は素っ頓狂な声を出してしまった。
アルフレッドが、もじもじしながら言い訳を始める。
「だ、だって、僕が選んだアンジェリカがいきなり臥せってしまったことが分かれば、彼女は適任ではないと判断されてしまうかもしれないじゃないか! 父上は、后候補たるもの健康たれ、といつも繰り返し仰っていたから! だけど、だけど僕はアンジェリカを愛しているんだ!」
人を襲おうとした奴が、今度は婚約者への愛を叫んでいる。そのあまりにも勝手な言い分に、私はこんな奴を好きだったことがあったのか、と過去の自分を消し去りたくなった。
私とエミリの冷めた目線にも、アルフレッドは気付かない。
「父上は、后にふさわしくないと判断したら、きっとアンジェリカを追い出してしまう! だったら、お前がアンジェリカに協力をすればいい! お前が妾になりたいと望んでいると父上に伝えれば、全てが丸く収まるし、皆が幸せになる!」
「……本気で仰っているのですか?」
こんな嘘を重ねて、一体誰が幸せになるというのだ。皆じゃない。満足するのは、この眼の前の鼻毛だけだ。
アルフレッドは、あくまで自分の主張を続ける。
「お前には、僕の愛も与えよう! そうだ、妾ではなく、第二夫人にしてやる! それならお前も満足だろう!? それに、お前の父親の地位も僕が守ってやる! ホルガーには、他国の姫君との縁談なんてどうだ!? そうしたら、お前だって何の憂いもなく僕のところに来れるだろう!?」
やっぱりこいつは殴った方がいいかもしれない。あまりにも勝手な言い分に、私はきっぱりと言い切った。
「私は一切協力出来ません。陛下に、アンジェリカ様のご体調のことをお話しされ、本日はご協力を仰いで下さいませ」
「王太子の命令だぞ! いいから従うんだ!」
鬼のような形相で、今度は命令をしてくる。負けてなるものか。私が再び首を横に振ると。
「言うことに従わないのなら、この女を殺す!」
「きゃあっ!」
アルフレッドはそう叫ぶと、立っていたエミリの首を背後から腕で引き寄せ、近くにあったパン切りナイフをエミリの首に当ててしまったではないか。
「エミリ!!」
エミリは、あまりのことに顔を真っ青にしてガクガク震えてしまっている。アルフレッドは、興奮しているのか、その顔には壮絶な笑みが浮かんでいた。
「さあ! こいつを殺されたくなければ、大人しく支度をして僕の未来の妻のひとりとして国賓の接待をするんだ! そ、それに、ホルガーだって殺すことが出来るんだぞ! お前の父親の失脚だって、僕には簡単なことだ!」
アルフレッドは、完全に頭に血が上ってしまったのだろう。嘘に嘘を塗り重ねて、それでもアンジェリカを失いたくなくて、国王にも出来た息子だと思われたくて、もうどうしようもなくなってしまったのだ。私は悲しくなった。
それなのに、それを婚約破棄を言い渡した私に助けを求めるのだ。おだてた後は、脅してまでして。
「お前がきちんと出来たら、この女は離してやる!」
もう、怒りすら湧かなかった。所詮、この男にとっては私は最初から最後まで道具に過ぎなかったのだ。いつまで経っても、私という人間は奴の中には存在せず、公爵令嬢ナタという名前がそこにあるだけ。
もう、何を言っても無駄だ。こいつには聞こえない。
「――アルフレッド様」
私はふう、と息を吐くと、アルフレッドを見上げた。
私の変化に気付いたのだろう、エミリが必死な声で私に言った。
「ナタ様! いけません! 私は大丈夫ですから!」
「うるさい! 黙れ!」
「ああっ!」
エミリの首に当てられた刃先が、エミリの皮膚を破った。薄っすらとだが、血の筋が浮かび上がる。私は、極力冷静に見えるようアルフレッドに向かうと、抑揚のない声で言った。
「エミリを解放されると、必ずお約束下さいませ」
「ナタ様!! 駄目ですぅぅっ!」
エミリが泣き叫んでいるが、私はエミリは見ないことにした。見たら、決心が鈍る。
昨日、ずっと食べたかったマヨネーズは味わうことが出来た。だから、これにてマヨ令嬢ナタはおしまい。もう満足だ。
後の人生は、心を無にして生きればいい。これまでのことは全て楽しい夢だったのだと思い、どうしても耐えられなくなった時には、引き出しから時折それを取り出して乗り切ろう。
出来る。今までそうやって生きてきたのだ、これから先はホルガーもレオンもいないだろうが、私には代わりとなる思い出があるから。
「――いい子だ」
「ナタ様!」
アルフレッドは、エミリの首をぐいぐいと腕で引っ張りながら、扉へと向かった。
「外に支度を手伝う者達を用意させている。終わり次第、王の間に来るように」
「畏まりました」
「駄目っ駄目ですナタ様!」
「お前は黙るんだ!」
アルフレッドは、部屋の外に出ると見張りの兵のひとりにエミリを渡した。閉じ込めておけ、という指示が聞こえる。
アルフレッドと入れ違いに、ぞろぞろと暗い表情をした支度担当の侍女達が入ってきた。
次話は夜に投稿します。




