(64)レオンとの再会
窓の外のレオンが、窓枠にある鍵をトントンと指差す。
私は慌てて出窓に駆け寄ると、格子の隙間から指を入れた。拳は入らないが、指なら入る。何度かチャレンジしている間に、引っ掛けるだけのタイプの鍵が外れた。
レオンはそれを確認すると、身体を横に移動させ、下開きのガラス窓をレオンの側に引っ張り上げる。
これまで止まっていた部屋の空気が、サアッと流れていった。外はかなり涼しいらしい。
レオンはまた横に移動して戻ってくると片手で格子を掴み、私をじっと見て言った。
「よお、待たせたな」
待たせたな、じゃない。
「レ、レオンレオン! ここ、さ、三階よね!?」
私は慌てて格子を掴むレオンの手を上から握り締めた。手を滑らせて落ちてしまったらと思ったら、咄嗟に掴んでしまったのだ。
レオンは私の手を見て、ニヤリと笑う。
「足場はちょっと少ないが、まあこれくらいなら大丈夫だ」
「だ、大丈夫って! 危ないから早く降りて!」
「ナタ、お前なあ。折角はるばる会いに来たのに、すぐ戻れはちょっとなくないか?」
レオンが呆れた様に言うが、いやだって、落ちたら、落ちたらレオンが死んでしまうじゃないか。
私はそのままを伝えることにした。
「だって、落ちて死んじゃうじゃないの!」
「俺が落ちるのが前提か?」
レオンが、不貞腐れた表情になる。――ああ、ずっと見たかったレオンが、懐かしいレオンが、今本当に目の前にいるのか。
すると、レオンの眉が八の字になった。
「あーもう……泣くな、ごめん、遅くなった。俺が悪かったから」
「う……うううっ」
私は止まらない涙を放置したまま、首をぶんぶんと横に振った。レオンの手はひんやりと冷えていて、城を登ってくるのに随分と夜風に晒されたのが分かった。
「レオンが、く、来ると思ってなくて、だから……ぐすっ」
私がそう言うと、レオンが更に不貞腐れた顔になった。黒髪が風になびいていて、ああ、ようやく本物が見れたと私は思う。
「お前、俺が誓ったことを忘れたのか?」
「……お、覚えてる、けど」
レオンが、口を尖らせた状態でブツブツと言う。
「本当か? お前を必ず守るって誓っただろうに、どうもその顔じゃ信じてなかったな」
「そ、そんなこと」
状況的に王太子に抵抗するのは、異国の人間のレオンでは無理だ。そう思ったから、意識的にレオンが来てくれる可能性を頭の中から排除したけども。
本当は、信じたかった。多分、どこかで信じていた。来てくれるんじゃないかと、心のどこかで。
すると、レオンが「ん?」という顔になって、鉄格子ギリギリまで顔を近付けてきた。じいっと私を見つめる。
「な、なに?」
レオンは、私を上から下までジロジロと見た後、ボソリと言った。
「お前、よく見たらガリガリじゃねえか。アルフレッドは、お前に満足な食事も与えてなかったのか?」
「そうじゃないんだけど、どうしても食欲が湧かなくて……」
私がそう答えると、レオンは不機嫌そうに続けた。
「……お前、あいつに何もされてないだろうな?」
「あっ当たり前よ!」
私は必死で訴えた。だって、何かあったかもなんて、レオンに微塵たりとも思ってはもらいたくない。
「あの鼻毛がキスしようとしてきた時に、ちゃんと殴ったんだから! パーンッて!」
うんうんと頷きながら私が力説すると、レオンの目が怪しく光った様に見えた。ん?
「……キス、しようとしてきた?」
「ちゃんと口は手で死守したわよ! どう!? 私だってなかなかやるでしょ!」
「キス、しようと……?」
「……ちょ、レオン?」
レオンの唇が、レオンの拳の上に握られた私の指に触れた。一本一本、なぞるようにゆっくりと触れていく。
私の首が、ぞわりとした。
「えっあのっそのっ」
「消毒だ、消毒」
指に唇を当てたまま、レオンが囁く。レオンの息がかかって、くすぐったくて仕方ない。でも手を離したらレオンが落ちてしまうんじゃないかと思うと、怖くて離せなかった。
正直、恥ずかしい。こんな近くで手にキスをされ続けるなんて、どんな拷問かと思う。だけど、お陰で涙は止まった。
「しょ、消毒って……」
「だって、手にはされたんだろ?」
「いやまあ、それはそうだけどっ」
だからってこれが消毒にはならないだろうに。――上書きにはなるが。
だけど、この状態を続けている場合ではない。私は無理矢理手から意識を引き剥がすと、レオンに尋ねた。
「そ、それよりもレオン、どうしてここに?」
「だから、お前に会いに来たんだよ」
「いや、それはそうでしょうけど! ここに長居すると危険よ! いつまたアルフレッドが戻ってくるか!」
アルフレッドがこの現場を見たら、確実に激怒する。そうなったら、城中の兵を使ってでもレオンを捕らえようとするに決まっている。もしそうなったら、レオンの命はないに等しい。
「レオンは怪我しないって私に誓ったでしょ……お願い、逃げて……!」
レオンの手を握り締めたまま言う台詞でもないと思ったが、でも、これは本心だった。
私が懇願する様に言うと、レオンがフッと笑った。いや、だから笑っている場合じゃないんだって。
「俺が戻るまで、ホルガー達が粘ってくれることになっている。逆にこっちにアルフレッドが向かったら、ナッシュから合図が来ることになっているから大丈夫だ」
「え? あ、じゃあさっきアルフレッドが呼ばれたのって……!」
私が驚くと、レオンは笑顔のまま大きく頷く。
「そう、これの為だ」
「ええっ! な、なんで!? アルフレッドを怒らせたら、お父様だってホルガーだって大変なことになっちゃうじゃない! それにレオンだって、え? お父様と? え?」
考えてみれば、シラウスの屋敷にはシュタインがいたから、スチュワート家とレオンを繋ぐのは簡単だったのだ。そんな単純なことに、私はちっとも気付いていなかったのだから間抜けな話である。
「なかなか話の分かるお方で助かったよ」
レオンは呑気に頷きながら、そんな感想を述べている。時折突風に近い風が吹くと、レオンが吹き飛ばされてしまうんじゃないか、とつい私の手に力が籠もった。
「どうして、そこまでして……?」
「だから、お前に会いに来たんだって。なんだ、会いに来たのに随分と冷たいじゃないか」
レオンが、私を真っ直ぐに見据える。
「だって……だって、ここは危険だもの……」
「そりゃあ多少の危険があるのは分かってるがな、もう少し喜んでくれたって」
会いに来てくれたのは嬉しい。アルフレッドとは違い、こうして触れているだけで、心が満たされてくるのが分かる位には。
だけど。
それは、私の都合だ。私の都合で、レオンを危険な目に遭わせる訳にはいかない。何より、それは私自身を苦しめる行為だから。
「レオン、貴方は自分の国に帰った方がいいわ。これ以上、何の価値もない人間に関わっちゃいけない」
言っている傍から再び涙が頬を伝うが、私はレオンの目から視線を逸らさなかった。レオンにしっかりと伝わる様に、ただひたすら真っ直ぐ見つめる。
レオンの形のいい口が、少し開き。
やがて、言葉を紡ぎ出した。
次話はお昼頃投稿します!




