(60)作戦会議
馬車がスチュワート家の屋敷の前に停車すると、ナタの父であるゴードンと、ホルガーの父であるグレゴリーが出迎えた。
「少し前に、城から書簡が届いた」
ゴードンが手に握っていたのは、王家の紋が押された封蝋がついた一通の手紙だった。
「居間へ案内しよう」
ゴードンが先導し、レオンとホルガーはその後をついて行く。ホルガーは疲れからか少し足がもつれたが、それを横からレオンがガッと支えた。
「もう少し頑張れ」
「うん……済まない」
殆ど寝れていないホルガーだったが、今この場から立ち去るという選択肢はホルガーの中にはなかった。
居間にある暖炉には火が焚かれ、各々ソファーに座った男達の耳に、パチ、と火が爆ぜる音がする。全員がゴードンの手に握られている手紙に注目し、無言となっていた。
「開けようか」
重々しくゴードンが言った。カッターで封を切り、中からそれほど枚数のない手紙を取り出し、まずは先にひとり読み始める。
しばらくすると、その手がブルブルと震え出し、ゴードンの奥歯がギリ、と鳴った。
「叔父様、中には何と?」
痺れを切らしたホルガーが、前のめり気味でゴードンに尋ねる。ゴードンの歯はギリギリと鳴りつづけていたが、やがてようやくといった体で顔を上げた。普段は寡黙で温厚と評判のゴードンからは想像も出来ない様な激しい怒りを顕にし、ゴードンが説明を始めた。
「先日婚約されたアンジェリカ様の容態があまり芳しくないらしく、予定していた后教育が始められていないそうだ」
「容態? 元々身体でも弱いのか?」
と、これはレオン。その質問に、ホルガーが首を横に振った。
「いや、彼女はとても健康な人だった筈だ。これまで体調不良で倒れたなんて話は聞いたことがなかったし、アルフレッドの生誕祭の時だって元気そうだったぞ」
ホルガーの言葉の後を、ゴードンが引き継ぐ。
「どうも、婚約祝いのパーティーの前後くらいから具合がよくなかったらしく、以降ずっと臥せっているとある」
「婚約祝いはもう数週間も前だぞ? となると、そこそこ長い時間臥せっていることになるな」
ふむ、とレオンが顎をしゃくった。ゴードンが頷く。
「どうもアルフレッド様が部屋に篭もりがちだったのは、それが原因のようだな」
「ああ、ホルガーの手紙にもあったな。部屋から連れ出すのが大変だったとかなんとか」
「そういうことだったのか……」
ホルガーが意外そうに言った。そして続ける。
「ですが、それがナタと一体何の関係があるんです?」
問われたゴードンは、こめかみをぴくぴくさせながらも続けた。
「このままでは、公務に支障がでる。国王陛下もお風邪が治りきらず臥せっている状態なのに、これでは拙い。そう考えたアルフレッド様は、これまで長年后教育を施されたナタの存在を思い出し、ナタに協力を要請することにされたとある」
「「――は?」」
レオンとホルガーの驚きの声が、見事に被った。ホルガーの拳が、わなわなと震える。
「あれだけこっぴどく公の場で婚約破棄を宣言してナタを傷つけておいて? ナタがどんな気持ちで頑張って立ち直ったのか、あいつは何ひとつ分かっちゃいない!」
ホルガーの怒声が、部屋に響いた。ゴードンが、重々しく続ける。
「ナタは、自分のこれまでの至らなさにその提案を一旦は辞退したそうだが、アルフレッド様の方で今後はナタを受け入れる意思があることを伝えたところ、前向きに検討することにした、とある」
「――あいつがする訳ねえだろうが」
ボソリとレオンが呟いた。ゴードンはちらりとレオンを見ると、再度手紙に視線を落とす。
「ナタは、己がアルフレッドの妾になってもいいのかとまだ遠慮をしているが、アルフレッド様の誠意に絆されつつあり、国王陛下の元でアルフレッド様に忠誠を誓う宣言をする日も近いだろう、とのことだそうだ……」
「め……妾……?」
ホルガーが、ふらりと立ち上がった。
「叔父様……武器庫の鍵をいただけますか」
「ホルガー! 待て待て待て!」
今度は、ホルガーの父、グレゴリーがホルガーの腕を引っ張って止める。がしかし、今度はホルガーは引かなかった。今にも泣きそうな怒り混じりの表情で、叫ぶ。
「あいつは! ナタの気持ちなんて全く関係ないんだ! だったら、俺だってアルフレッドが王太子かどうかなんてもう関係ない! あいつは、あいつだけは殺してやる!」
「落ち着けホルガー!」
「お父様、離して下さい!」
揉み合う親子を静かに眺めていたレオンだったが、すっくと立ち上がると、目の前にあった木製のテーブルをガンッ!! と踏んだ。驚いたホルガーとグレゴリーが、争うのをやめレオンを見つめる。
そんなレオンを見たゴードンが立ち上がると、レオンに向かって深々と頭を下げたではないか。
「お見苦しいものをお見せ致しまして」
「お、叔父様?」
ホルガーが、訳が分からないという表情でゴードンに問うたが、ゴードンは頭を上げると、そのままレオンを懇願する様に見つめた。
「レオン様、この様な状況で、もう私達ではあの子を助けてあげるのは奇跡が起こらない限り不可能に近いのです。お力を、お力を貸してはいただけませんでしょうか――!」
すると、足をテーブルから降ろしたレオンが、腰に手を当ててゴードンを見下ろしつつ、涼しげな顔で言った。
「頼まれなくとも、はなからそのつもりだ」
「ありがとう……ございます!」
ゴードンの目が、潤む。
「だが、俺がやるからにはもう後戻りは出来なくなる」
「と、仰っしゃりますと……?」
シュタインが差し出したハンカチを目尻に当てながら、ゴードンが聞き返した。
「勿論最終的にはナタの返事が不可欠だが、――ホルガーには辛い選択となるぞ」
レオンが、少し憐れむ様な目でホルガーを見る。ホルガーは目を見開いてレオンを見返していたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「……君がそう言うってことは、俺の予想が間違っていなければそういうことなんだろうが……」
ホルガーは、レオンの前に立った。
「だが、あの馬鹿王子からナタを救い出せるなら、俺は何でも耐えてみせる」
「ホルガー……」
「レオンが言ったんだろう。手放したくなけりゃあなりふり構わず使えるものを使えって」
睨みつける様な、だけど期待するようなホルガーの眼差しに、レオンの表情も引き締まる。
「……本当にいいんだな?」
「今はナタを自由にするのが先決だ。だったら俺は君だって利用してやる」
ホルガーのその言葉に、レオンがニヤリと笑うと、ホルガーの肩をぽんと叩いた。
「――よし。ただ、仕掛けるにしても少し時間がかかる。その間にやるべきことがあるから、そちらを先に済まそうか」
「やるべきこと?」
ホルガーが問うと、レオンが実に楽しそうな表情を見せる。
「そんなこと、ひとつしかないだろう? 完成品を作り上げることだ」
レオンのその言葉に、ホルガーは一瞬きょとんとした顔になったが、やがてその柔らかい顔に、じわじわと笑みが浮かんでくる。
「そうだ、そうだったな。完成させたら話すと言っていたのはレオンだからな」
「そういうことだ」
二人が並び立つと、レオンが訳が分からない風のゴードンとグレゴリーに向かって言った。
「ゴードン殿、とりあえず調理場を提供してはくれないか?」
ゴードンが、今度こそ訳が分からなくなったのだろう、口をぱっかりと開けたのだった。
次話は夕方に投稿します。




