(54)マヨネーズ同盟
アルフレッドが言いたいことを言うだけ言って立ち去ってからしばらくして、侍女が部屋へと通された。まだ年若そうなそばかすの小柄な女性で、私は見た記憶がない。最近入ったのだろうか。
バタンと扉が閉じられて、その侍女が私に向かって深々とお辞儀をした。見るからに気弱そうだが、大丈夫だろうか。
「ほ、本日からナタ様のお世話をさせていただくことになりました、エミリと申します! な、何なりとお申し付け下さいませ!」
エミリの後ろで縛られた黒髪が、否応にもレオンを思い出させる。
ああ、レオンに会いたいな、そう思った。多分、もう二度と会えないが。だから、会いたいなんて思ってはいけない。思い出しても苦しくなるだけだ。
なのに、レオンの、私の頭を撫でる手の大きさを思い出した。駄目なのに。
私は懸命にレオンの面影を頭の中から振り払うと、改めてエミリを見た。よく見ると、どこも似てない。だから大丈夫だ。
「初めて見る顔だけど、最近入ったの?」
私がそう尋ねると、エミリはピョン! と飛び跳ねてからこくこくと小刻みに頷いた。
「はい! ベテランの先輩方は、皆アンジェリカ様のお世話に回ってまして……あっ」
エミリが慌てて口を押さえる。私はそれを見て、苦笑いした。
「大丈夫よ。婚約破棄も、元々気にしていなかったから」
「え……!? そうなんですか!?」
私は頷いてみせた。恐らくはこの先、まともに会話が出来る相手はこのエミリしかいない。ならば、エミリには私の本心を知ってもらってもいいのではないかと思えた。変に気を使われても、居心地が悪いのもある。
「親同士が決めた婚約だったし、私はそもそもアルフレッドは好きじゃなかったし。妃教育もつまらなかったし、実は田舎で自由を満喫していたところだったのよ」
エミリは、驚いた様に口をぱっかりと開けた。
「え? だって、ナタ様はアルフレッド様が恋しくてここに乗り込んで来たって……」
「ないわよそんなの。これ、見て」
私はするりと服を脱ぐ。エミリが目を見開いてただ見ている中、シルクの裾の長いキャミソールも脱いで、腹部を見せた。途端、エミリの表情が凍りつく。
「え……ナタ様、これは一体……」
私は、私の鳩尾に出来ていた青痣をさすりながら、苦笑いで答えた。
「殴られて、気絶している間にここに連れてこられたの。これで信じてもらえたかしら?」
エミリは、首が取れんばかりに何度も頷いた。ちょっと、刺激が強過ぎただろうか。
私は服を着用すると、エミリに言った。
「だから、アンジェリカの話はしても全然構わないわ。むしろ、アンジェリカとアルフレッドの様子を、細かく教えて欲しいのよ」
「え? お二人のご様子をですか?」
「ええ」
私は深く頷いてみせた。このままでは、私の情報源は首謀者のアルフレッドに限られてしまう。なんとしてでも、アルフレッド以外からの情報源の確保が必要だった。
私はエミリにゆっくりと近付く。笑顔で。
「私がここにいるのは、おかしな話なのよ。多分、皆もそう思ってるんじゃない?」
「え……ええ、まあ……」
歯切れは悪いものの、エミリは素直に認めた。
「私もそう思うのよ。だから、アンジェリカとアルフレッドの間に何か問題があるなら、私はそれを取り除いて、そしてここから出たいの」
「ナタ様……」
私はエミリの手を取り、胸の前で包んだ。
「エミリには、もしかしたら迷惑をかけてしまうかもしれない。だけど、私には貴女以外味方がいないの」
エミリよ、お願いだから私の笑顔に絆されてくれ。滅多に見せない令嬢の笑顔を、頑張って出してるんだから。
「わ、私に出来ることなら!」
「ありがとう、エミリ。とりあえず、外の様子を教えてもらいたいんだけど、このことは他言無用に出来るかしら?」
これでもか! という最大級の笑顔を作ると。
「ああ、ナタ様……!」
エミリの表情が崩れた。あれ、どうしたんだろう。笑顔が怖かったとか?
すると、エミリがひし、と私を抱き締めた。え、どうしたんだろう。
「必ず、必ずや私がお助けします……! ですから、その様に泣かないで下さい……っ無理して笑わないで下さいっ」
「え?」
「ああ、お可哀想に……!」
自分こそ泣きそうになっているエミリが、私の目をハンカチでそっと拭い始めた。あれ、確かに濡れているかもしれない。いつの間に。
これはあれだ。無理な令嬢スマイルを作ったことによる目の疲れに違いない。
私は瞬きをしてエミリのハンカチで涙を拭き取ると、ほうらやっぱりもう出ていない。
私はハンカチを持つエミリの手を握ると、今度こそ完璧な令嬢スマイルで笑いかけた。
「エミリ、ありがとう。本当に嬉しいわ」
エミリは、目をキラキラさせて私を見つめ返している。
「ナタ様、まずは何を調査すればよろしいでしょうか!?」
エミリは随分と前のめり気味だが、あまり大っぴらに聞き回ってしまうと最悪担当を外される可能性もある。
「エミリ、くれぐれも誰にも知られない様に気をつけて頂戴。唯一の味方の貴女がここに来られなくなってしまったら、私はもうどうしていいか……!」
これは事実だ。だから、私は真剣な眼差しで伝えることが出来た。お願いだから、へまはしないでくれ、エミリちゃんよ。
私は人差し指をピン! と立てた。
「まずは、父と従兄弟のホルガーの安否が知りたいの。先程アルフレッドが元老院も宰相も解放すると言っていたけど、それがちゃんと為されたのかが知りたいの」
「分かりました!」
エミリが元気よく返事をした。よしよし、頑張ってくれたまえ。
私は満足げに頷くと、エミリに言った。
「いいエミリ! 合言葉は『マヨネーズ』よ!」
「あ、合言葉? マヨネーズ?」
「ええ! この言葉を知る者だけが、この秘密を共有するの。分かった?」
私はそう言うと、拳を小さく出した。エミリは一瞬戸惑ったが、それでも照れ臭そうに笑うと、同じ様に拳を出した。
「マヨネーズ!」
「マヨネーズ!」
こつん、と拳が合わさった。
こうして、私とエミリの同盟が組まれたのだった。
次話は夕方に投稿します。




