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(50)レオンの怒り

挿絵(By みてみん)

 門は、開け放たれていた。篝火(かがりび)は横倒しにされ、火が消え煙が立ち昇っている。本来は国民も守るべき王国騎士団である。人さらいという行為を見られたくなかったが(ゆえ)の行動なのかもしれなかった。


「馬は、どこか近くの林にでも(ひそ)ませていたんでしょうかねえ」


 ナッシュが、辺りをきょろきょろしながらそんなことを言った。


「ナッシュ、お前も来い」

「え、僕も入っていいんですか?」


 レオンは真剣な表情で頷く。


「ナタを堂々と(さら)ったくらいだ。多分ここにはもう残ってはいないと思うが、用心に越したことはないからな」

「はーい」


 (ゆる)い返答をしたナッシュに一瞥(いちべつ)をくれると、レオンはまっすぐに屋敷へと向かった。


「ナタが俺を招待してくれてて助かったよ。お陰で内部が分かる」


 レオンがそう言うと、ナッシュがきょろきょろと物珍しそうに屋敷を見上げつつ答える。


「ナタ様、ホルガー様がいなくなって相当(へこ)んでましたからねえ。で、どうなんです? 保護者のいない隙に好感度は上げられたんですか?」


 ナッシュの言葉に、レオンはハア、と深い溜息をついた。


「あのなあ……お前、曲がりなりにも自分の主人をだな、泥棒猫か間男の様に言うなよ」


 レオンが玄関のドアを開けると、広間には人は誰もいない。レオンの言葉に、ナッシュが笑った。


「間男って言葉が出てくるってことは、レオン様、もしかしてナタ様に手を出したんですか?」

「ブフォッ!」


 レオンが吹いた。


「あーもう汚いなあ」


 ナッシュが笑いながら顔をしかめた。レオンは咳き込みをしつつしばらくして息を整えると、ナッシュを思い切り睨みつける。


「手は、出してな……いや、ちょっとは出したが、いやでもそんなには出してない!」

「僕のご主人様って、こんなに手が早い方だったんですねえー。そういや前も僕がお声をかけて差し上げなかったら、キスしてましたよね?」


 レオンは、愕然(がくぜん)とした表情で自分の従者を見た。


「お前、あれはわざとだったのか……?」

「いやあ、邪魔したらどういう反応するかなーって、あはは」


 レオンは、再び額を手で押さえた。それでも足は止めず、まずは客間に続く廊下へと進む。


「シュタインはいないか!? 誰か他の者でもいい、返事をしてくれ!」


 レオンが大声で呼びかけると、客間の方からくぐもった複数の声が「んー! んんー!」と言っているのが聞こえてきた。レオンとナッシュは一瞬視線を交わすと、まずはナッシュが客間のドアを開け放つ。


 そこにはこの家の使用人達がいた。皆一様に口を布で縛られ、手足を縛られて転がされている。


 その中に、ひとり身動きをしない細い身体があった。レオンは血相を変えて駆け寄る。


「シュタイン!」


 レオンが急いで拘束を解くと、シュタインが「うう……」と苦しそうに唸った。腹の部分を(ちぢ)こまらせている。どうも、みぞおちを殴られた様だ。


 レオンがシュタインを助け起こすと、シュタインが焦点の定まらない目でレオンを見上げた。


「レ……レオン様……」

「シュタイン! 大丈夫か!?」


 その間にも、ナッシュは次々と他の使用人たちの縄を解いている。


 シュタインが、苦しそうに言った。


「レオン様、申し訳ございません……ナタ様が、私の目の前で拐われてしまいました……!」

「王国騎士団だな、さっき偶然すれ違った」


 レオンが頷いてみせると、シュタインの目尻に涙が光った。


「ホルガー様の大切なナタ様を……っ」


 日頃のシュタインには絶対に見られない涙を見て、他の使用人たちがぎょっとして二人の方を見ている。


「これで全員か?」

「は、はい!」


 使用人のひとりが頷いた。レオンはそれを聞いて頷くと、再びシュタインに向き直った。


「シュタイン、俺は王都に行く。お前の助けが必要だ、一緒に来てくれるか?」


 シュタインが、信じられないものを見るような目つきでレオンを見上げる。


「で、ですがよろしいのですか?」

「聞くまでもないことだな」


 ふっとレオンが笑った。


「お前にとってはホルガーの大切なナタなのかもしれないが、俺にとっては俺の大切なナタなんだ」


 レオンの言葉に、シュタインの目が見開かれる。


「レオン様……」

「だからこれは別にホルガーの為じゃない、単純に俺の為だ」


 レオンはきっぱりと言い切った。


「それでもいいというなら、一緒に来て欲しい」


 シュタインの目尻から、今度こそ涙がツウ、と流れた。小さくこくこくと何度も頷くと、覚悟を決めたかの様な表情でレオンを真っ向から見る。


「レオン様、私からもお願い致します。ナタ様を拐ったのは、間違いなく王太子でしょう。どの様な目的かは分かりませんが、一度は婚約破棄をされた関係な以上、真っ当な目的であるとは思えません」


 レオンの目が、スウ、と細められた。


(おおやけ)の場で堂々と婚約破棄をしてあいつを(はずかし)めて、今度は王国騎士団まで駆り出して連れ戻して……お前の国の王太子はとんでもないゲス野郎だな」

「……お怒りは最もです。がしかし、一体どうされるおつもりで……?」


 シュタインが痛そうに身を(よじ)らせながら、まっすぐに起き上がる。先に立ち上がったレオンは、シュタインに手を貸して立ち上がらせた。


「この国の王太子は、俺のことを心底怒らせた」


 シュタインが、無言でレオンを見上げる。


「――俺を怒らせたらどうなるか、それを分からせてやる」


 レオンの身体から怒気が立ち昇り、これまでに見たことのない荒神(あらがみ)の様な凄まじさに、シュタインはごくりと唾を呑み込んだのだった。

次話は昼頃投稿します!

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