(45)護衛の意味
レオンは、その後は私に何もしてはこなかった。ホルガーとの約束だからな、と少し残念そうに言われた私だが、どう返すのが正解だったのだろう。
レオンと二人で食べる晩餐では、レオンは何もなかったかの様に振る舞うので、私もそれに倣うことにした。
レオンが帰宅するのを見送り、自室に戻ってベッドに倒れ込む。途端、思い出されるのは先程の出来事。
「うわあああああっどういうことおお!?」
恋愛から縁遠い選手権があったら、十六歳女子の部ではかなりの上位に食い込める自信がある私は、ベッドの上をゴロゴロと転げ回った。
あの後、我ながら薄情だと思うのだが、父のこともホルガーの明日からの安否のことも、頭から一瞬で吹っ飛んだ。
前に怪しい雰囲気になった時に「まさかな」と思ったが、これはやはりそういうことなのか。いやでも、あのイケメンがこんな偉そうに指示をしている私を好きになるなんて、ないないない。
私はそこまで考えると、これまでの興奮がスーッと冷めていくのが分かった。むくりと起き上がり、今度はレオンの行動の理由を考えていく。
もしや、レオンは私がこの様に興奮し、父とホルガーのことをあまり気にせずにいられる為にああいう行動を取ったのではないか?
私はその可能性に気付くと、それは大いにあり得そうだと思った。レオンは年上のイケメン男性だ。ウルカーンでも、それはそれはモテたに違いない。となると、私の様なやっとこさ成人になったばかりの初心で世間知らずっぽい令嬢など、きっと楽勝で扱えるのだろう。
マヨネーズ研究が頓挫しては残念だから、ホルガーの意志を引き継ぐ為にも、私にやる気を取り戻させたい。そういうことか!
私は自分で納得のいく解釈をみつけると、ようやくほっとした。
私なんか、好かれる筈がない。好かれる要素なんて、もう今となっては何も残ってはいないのだから。
「――お風呂入ろ」
のそっと起き上がると、私は支度して風呂場へと向かった。
◇
翌朝、レオンが門を入って玄関の前まで迎えに来た。
「お前のところの門番、何も言ってないのに入れてくれたぞ。大丈夫か?」
街へと向かいながら、レオンが呆れた様に笑う。ホルガーの代わりのつもりなのだろう、レオンは私と手を繋いでいる。昨日のあれの後でちょっと照れないかな、と我ながら心配だったが、私は思ったよりも冷静だった。あれはレオンなりの私への思いやりだったと思えば、必要以上に恥ずかしがることもない。
「毎日会うから、慣れちゃったんでしょうねえ」
「それで門番が務まるのか……?」
レオンが首を傾げたので、私はふふっと笑った。
「さっき貴方が玄関まで来た時、あのシュタインがちょっと驚いてたから、多分今頃こっ酷く怒られていると思うわ」
「そうでないと困る。――王国騎士団なんだがな」
「うん?」
レオンの表情が、真面目なものに戻る。
「ナッシュの調べでは、数名新たに合流したらしい」
「え……」
私が驚いてレオンを見上げると、思っていたよりも真剣な目つきでレオンが前方を睨みつけていた。
「今日から、俺も剣を持つことにする」
「剣……」
レオンは、前方を見据えたままこくりと頷く。
「万が一襲われた時は、俺の背中に回れ。相手の人数にもよるが、少ない場合は後方へ走って逃げろ。俺が相手をしている間に、ナッシュが助けてくれる。昨日、そうナッシュに命じた」
ちょっと待て。主人を戦わせておいて、従者が私を連れて逃げるだと?
「いや、本末転倒じゃないのよそれ」
「ナッシュ以外にも部下はいる。あいつ程は腕は立たないが、いないよりはマシだ。そいつには俺を援護してもらう手筈になっているから」
「マシ……」
随分な言われようだが、それだけあんなにふてぶてしい態度を取るナッシュの腕を信頼しているということだ。
「でも、レオンを危ない目に遭わせるのはどうかと思うわよ?」
マヨネーズ研究の同志ではあるが、だからといって危険な目に遭わせていい筈もない。
すると、レオンがむすっとした表情で顔を私に近付けた。私は昨日の接触を思い出し、急いで忘れようと目を逸した。
「な、なによ」
「お前な、お前が危険な目に遭うかもしれないっていうのに、俺がはいそうですかって逃げる様な男だと思ってるのか?」
「いや、そういう意味ではなくて、だって護衛されるような立場の人が、一番前に立っちゃ、ねえ?」
「ねえ、じゃねえよ」
レオンの機嫌が、どんどん悪くなっていく。どうやら、これはレオンを弱っちいと言ってしまったという風に取られてしまったのではないか。どうしよう、このままマヨネーズ研究を始めても、これではぎくしゃくしてしまうのではないか。
私は、とりあえずレオンを褒めることにした。
「レオンが強いのは、私は知ってるわよ!」
「ん?」
「だって、レオンは初めて会った時に私を颯爽と助けてくれたじゃないの!」
決して颯爽とではなく、お玉を振り回している姿はどちらかというと曲芸師の様ではあったが、そこは言うまい。言う必要のないことは黙っていられる、それが公爵令嬢に必要な能力だ。
「私を軽々と抱えて、助けてくれたじゃないの!」
酒樽の様にだが、軽々という言葉は間違ってはいない。
私が頑張ってレオンを持ち上げると、レオンに笑顔が戻ってきた。余計な言葉を省いているだけで、嘘は言ってはいないから、これなら私にでも言えた。
「俺は強かったか?」
「そうよ、強かったわよ!」
「お世辞を言わないお前がそう言うと、嬉しいもんだな」
「そ、そうよ、私はお世辞は言えないんだから! ただ、レオンが怪我をしたら、私は嫌なの! それだけよ! 分かった!?」
私がビシッと指を差してきっぱりと言うと、レオンは一瞬きょとんとした後。
「――ははっ」
破顔一笑、一瞬で最高の笑顔になると、私の頭に顔を近付け、ちゅ、とキスをした。
「え」
待て、何故今のこの流れでそうなる。というか、頭にキキキキキキスってちょっと待て!
私の動揺を理解しているのかいないのか、レオンは実に嬉しそうな声色で言った。
「お前が心配するから、怪我はしない。約束しよう」
それが、レオンの私に対するふたつ目の約束になった。
もしかしたら夜にも投稿するかもです。




