(42)ホルガーの挑戦
私は、レオンの目をじっと見ながら確信を持って言った。
「……これ、完全な言いがかりよ。だって、お父様はホルガーから私の報告を逐一受けていたって聞いたわ。だったら、私がアルフレッドに未練があるなんて思ってもいない筈よ」
「でも、ホルガーはお前が王太子を好きだったんじゃないかって思ってたじゃないか」
「……いやあ、でもお父様に限って、ないと思うわ……」
父は私とよく似て、現実主義だ。今ある手駒の中で、どうすれば一番うまく目標を達成出来るのかを冷静に順序立てて考えるのを得意としている。普段から寡黙だから気づきにくいが、根回しに関してはかなり得意なのではないか。
そんな父が、激情に任せて国王に噛み付くなど、あり得ないのだ。娘が避暑地でマヨネーズ作りをエンジョイしている報告を毎日受けているから、尚更。
「やっぱりない。シュタイン、貴方もそう思わない?」
私がシュタインに尋ねると、シュタインは小さく頷くと私に同意した。
「そうでございますね。ゴードン様は、用意周到なお方です。無策のまま国王様を責めるなど、ある筈がございません」
「でしょでしょ?」
私は味方を得た気分になり、笑顔になった。シュタインが続ける。
「ゴードン様でしたら、裏で全て手を回し切った上で、ご自身は被害のない高台で見学されるのをよしとされますので、今回の件につきましては完全な言いがかりでしょう」
シュタインがきっぱりとそう言うと、レオンがこそっと耳打ちしてきた。
「おいナタ、お前のところの親父って、そんなに怖いのか?」
「別にそんなに怖くないわよ?」
「……これは接触の仕方をよく考えないとだな」
「そんなに怖くないってば」
少なくとも、これまで一度たりとも怒られたことはない。無口だが、優しい父である。私に見えないところでずっとホルガーに報告させていたのは正直ドン引きだったが、まあ母を安心させる為でもあったのだろう、といい方に解釈することにしている。
「ほら、あと少しだから読んじゃいましょう」
「おお、そうだったな」
どうもレオンと話していると話がどんどん脱線していってしまう。ホルガーといる時は基本私が喋りっ放しでホルガーが聞き役だが、レオンはお喋りではないが、ちょいちょいツッコミが入ってくる。それに反応していると、こうやってどんどん話がずれていくのだ。でも、これはこれで、結構新鮮だった。
「えーと」
私は再度読み始めた。
「え……?」
「なんだ、どうした?」
レオンが肩をくっつけて手紙を覗き込んできた。いつもだったら、ちょっと近いわよなどと言って押したりはたいたりも出来るのだが、私はあまりのショックの為に、何も反応が出来なかった。
「……え? 『国王に対する反逆についての査問を行なう為、王城から出ることを禁じられた』……? おい、これは一体どういうことだ」
私は訳が分からなくなり、ただ首を横に振るしか出来なかった。手紙を持つ手が、震える。
「ナタ……」
レオンは心配そうに私の顔を覗き込むと、片手で私の肩を抱いてレオンの胸に引き寄せた。そして、手紙を私の手からそっと取る。
「俺が読むから、聞いてろ。知るのが怖いかもしれないが、こういうのは知らない方が結果として怖いからな」
私はこくこくと頷いた。確かにレオンの言う通りだ。聞きたくないことから耳を塞いで目を逸しても、情報がない分不利になるだけだ。
「ええと……」
レオンが読み上げる。
『ただし、これは秘密裏に行なわれることになり、スチュワート家には説明は一切為されていない。俺が問い合わせを入れているのを聞きつけた宰相が、国王に直接掛け合えないかとの密書を送ってきた。国王の容態は大分よくなったが、それもアルフレッドの言葉だけで、宰相も会わせてもらえていない。宰相を始め他の元老院の者も、全員王城に留め置きされているままだ。だから、明日俺は国王に謁見を申し入れることにした』
「だ、そうだ」
「え……ホルガーが!?」
それは、あまりにも危険ではないだろうか。これでは、まるで用意された罠に自ら飛び込んでいく様なものじゃないか。
「王様は、きっとこの騒ぎをご存じないのね。だから宰相様は直接王様に掛け合えと言ってるんだと思うけど、だからってはいそうですかって会ってもらえるのかしら……」
国王は息子のアルフレッドとは違い気さくな人ではあるが、病床にある以上、謁見に応じるかどうかは微妙だし、そもそもアルフレッドが暴走しているなら、国王までホルガーの謁見願いが届けられるかどうかも怪しい。
私は、レオンの手紙を持つ手を握った。どうしよう、震えが止まらない。こんなの、異端令嬢ナタらしくないのに、どうしても止まらない。
「レオン、どうしよう……! ホルガーまで捕らえられたら、私、もうどうしていいか……!」
私は、耐えきれず俯いた。
次話は、夜投稿するかもしれません。しなかったら明日朝投稿します。




