(39)ホルガー離れの誓い
その日、レオンに屋敷まで送ってもらうと、門の前でシュタインが待っていた。
私達に向かって一礼をすると、レオンに呼びかける。
「レオン様も、中へお越しいただけますか?」
「え? 俺も?」
驚くレオンに、シュタインが頷いた。
「ホルガー様より手紙が届いております。こちらは、レオン様とナタ様の両名に読んでもらいたいとのホルガー様からのご伝言がございまして」
私とレオンは、顔を見合わせた。何かしら、新たな情報が入ったのかもしれない。なんだろう? レオンも一緒にということは、マヨネーズの実験の続行が難しい状況になりそうなのだろうか。
「レオン、お願い。一緒に来て」
私はそう言って、レオンの袖を摘んで引っ張った。途端、レオンがワタワタとする。
「分かった、分かったからそう不安そうな顔をするな」
「ふ、不安だなんて」
マヨネーズ続行が厳しければ、私の目標が消え失せてしまう。不安にならない方が無理な話だった。
レオンが困った様な表情を浮かべる。
「……多分、お前がそうなるのが分かってて、それで俺に一緒にいろとあいつは言ってるんだろうな」
「どういうこと?」
今度は、ははっと笑う。私の肩に軽く手を乗せると、シュタインの後ろを歩き始めた。不思議なもので、焦り始めていた心が、隣にレオンが立っただけで落ち着いてきた。
「――正直、お前とホルガーの絆が羨ましい」
ポツリとレオンが言う。その口調は、少し淋しげだった。
「羨ましい? どうして?」
「そんなの決まっている。俺の知らないナタを、あいつはいっぱい知っているからだ」
また、そういう答えにくいことをさらっと口にするのだ、この男は。私は何も返せず、黙るしかなかった。
「俺はお前も知っての通り鈍感だからな、言ってくれないと分からん。だが、あいつはお前のことは何でも知ってるみたいだから、お前が何も言わないでも、俺が出来ないことをお前にやってあげることが出来る。それが俺には羨ましい」
「まあ……子供の頃からずっと一緒だったから。兄妹みたいな感覚よ」
すると、レオンがフッと笑った。
「兄妹ねえ」
「そうよ、兄妹よ。だから今回、私は思ったの!」
私がぐっと拳を握り締めると、レオンが面白そうに私を見下ろす。肩を抱かれたままなので、物凄い至近距離だ。
「いい加減兄離れをしないと、ホルガーこそいき遅れちゃうわ!」
「いき遅れ……」
レオンはぽかんと口を開けたが、気にせず私は勢いよく頷く。
「ホルガーは領主になる人なんだから、もういい加減身を固めないと駄目なのよ! 跡継ぎがいないと、領地は取り上げられちゃうんだから!」
そう、領地は跡継ぎがいない場合、国有地として国に戻されてしまうのだ。養子を迎える手もあるが、その養子がろくでもない場合、悲惨なのは領民なので、幼い頃からの教育が必須なのである。となれば、領主はとにかく子供を沢山作ってなるべく出来のいい子供に領地を継がせるのが一番手っ取り早い安全策なのだが、ホルガーの母親はホルガーを生んだ後子供を生めない身体になってしまった為、ホルガーに兄弟はいない。
だから余計に、ホルガーの早期結婚及び子作りはスチュワート家には重要なのだ。本来なら、私に関わってマヨネーズを作っている場合ではない。
「王太子に婚約破棄された令嬢が従兄弟にいるってだけでもホルガーにとっては減点対象になるのに、それがいつまでも周りでウロチョロしてたら、婚姻話だって進まないだろうし! だから、マヨネーズが完成したら、今度こそホルガー離れを頑張るわ!」
「……あいつが聞いたら泣きそうなことを……」
レオンは呆れ顔だ。確かにホルガーは過保護だし、私がホルガーから離れようとしたら悲しがるかもしれない。ホルガーも、大分シスコンをこじらせている感があるから。だが。
「ホルガーは、私の面倒を長年見過ぎたのよね! だから距離を置いたら始めは落ち着かないだろうけど、きっとその内自由の身を満喫する様になれると思うわ!」
「離れがたくて泣いてた奴の割に、言うことは達観してるんだな」
レオンがからかう様に言う。私はキッとレオンを見上げると、主張を続けた。
「確かに、離れるのは淋しいわよ。どっちかって言うと怖いし。でも、私は今まで献身的に私を支えてくれたホルガーの重荷には、これ以上なりたくないのよ!」
私の面倒を見ることが、今はホルガーの生活に組み込まれてしまっている。だから、急になくなると違和感は覚えるかもしれないが、本来の正常な姿に戻すと思えば、きっとホルガーも了承してくれる筈だ。
「重荷ねえ。ホルガーはそう思っているとは思えないが」
「今まで離れて過ごしたことがなかったから、だからきっと物理的に離れてみたらお互いに分かると思うのよね」
「物理的、か……」
レオンは、ふむ、と顎を手でしゃくった。
やがて私達が屋敷の玄関に到着すると、他の使用人達が玄関の戸を開けてくれた。シュタインが先導し、私達は屋敷の客間にあたる部屋へと通される。
「おかけになってお待ち下さいませ」
シュタインは恭しく礼をすると、部屋から出て行った。三人掛けのソファーに私とレオンが腰掛けると、レオンは足を組んで肘掛けに肘を乗せ、まるでここの主かの様に見える。
イケメンは、どんなシチュエーションでも映える。つくづく羨ましいことだ。
ワイルド系黒髪イケメンが、私をじっと見る。
「ナタ」
「……なに」
静かな呼びかけに、思わずどきりとしてしまった。
「この国の居心地が悪かったら、俺の国に来ればいい」
「――え」
レオンの急な提案に、これはきっと私が困っているのを見かねてのアドバイスなのだろうと思った。
「小国イシスの王太子に婚約破棄された公爵令嬢なんて、ウルカーン国民にとっては些細なゴシップのひとつに過ぎないからな、聞いたとしてもすぐに忘れ去られる」
レオンの言い方はストレートというか辛辣ではあるが、言いたいことは分かった。大国ウルカーンにとって、小国の王族の話題など、正直気にするまでもない些末な話なのだろう。
「……確かに、この国にいる限り、駄目令嬢の烙印はついて回るわね」
「お前がその烙印を楽しんでいるなら別だが」
「馬鹿ね。楽しんでる訳ないでしょ?」
婚約破棄のお陰でマヨネーズ道をまっしぐらに進めてはいるが、それとこれとは別の話だ。
「では、考えておけ」
さらりとレオンが言った。
それってどういう意味よ、と素直に聞ける性格だったら、きっと私はアルフレッドにだってもっと好かれようと、ヒロインに奪われない様にこちらを振り向かせようと、健気な努力だって出来たのかもしれない。
だから、私は聞けない。そんな性格にはなれないから。
だから、私は小さく答えるしかなかった。
「……そうね、考えておくわ」
くす、とレオンが小さく笑う声がしたが、レオンを直視することは出来なかった。
次話は昼頃投稿予定です。




