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昔のように美月と一緒に行動するようになって、色々気づいたことがある。
美月に絶対の信頼を置いていた頃には気づかなかったけど、美月は結構私以外の人に対して冷たい。
「生徒会大変だね。でも、英さん大人気みたいだね!色々、聞いてるよー。」と私に声を掛けてくれた女の子に対し、「梨華ちゃんは皆と違って有能だからね!当然だよ!」と笑顔で返していた。
「東雲先輩と付き合えて羨ましいー」と言ってきた女の子には、「そう?」と一言返して終わらせていた。先輩はとても人気があるのに、彼女である美月がそのような態度であれば女の子からの反感も買うだろう。
というか、ゲームの美月はこんな子だったっけ?
何だか、違和感がある。まあ、私が転生していることで何か美月に影響を与えてしまっているのかもしれない。
このままで、良いのかな。
ふと、そんなことを思う。
恐らく、美月の嫌がらせは女の子の嫉妬から来るものだろう。だから、私と一緒にいれば被害にも遭わないはずだ。生徒会役員って結構この学校では力を持っているし。
ただ、このままで美月は良いのだろうか。私も、美月との関係はこのままで良いのかな。
ーー分からない。
だけど何故だろう、このままではいけない気がする。このままでは、後悔することになる。そんな予感がする。
だって、美月は似ている。
……そう、似ているんだ。「亜美」に。
そう気づいた瞬間、前世の記憶が一気に蘇る。
記憶の奔流に、吐き気を催す。足に力が入らなくなり、蹲ってしまう。
「梨華!?」悲鳴のような声をあげて亜美がーー違う、美月が私に寄り添う。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
壊れた人形のようにそう繰り返す私を、美月はそっと抱きしめた。
「大丈夫だよ、綾香。私はずっと味方だよ。」
そう声を掛けられて、私は顔色が消えていくのを感じた。
あなたは、やっぱり。
「亜美……」そう呼びかけると、目の前の女の子は幸せそうに笑った。
***
綾香には、亜美と言う名の親友がいた。二人はいつも一緒で、姉妹のように仲が良かった。
一人の男が現れるまでは。
綾香はその男ーー先輩に恋をした。必死にアプローチをしたが、先輩が選んだのは亜美だった。
悔しくて、苦しくて、綾香は亜美を避けるようになった。
ある日、綾香は一つの乙女ゲームを手に取る。親友と同じ男の人に恋をした女の子の三角関係物だ。まるで自分達を見ているようで、綾香はそのゲームにのめり込んだ。ヒロインの美月と親友の梨華。二人の女の子はとても仲が良かったのだが、同じ男の人に恋をしたことにより、二人は疎遠になってしまう。ああ、私たちのようだ、と綾香は思った。
エンドによっては梨華は美月と傷つけ合うのだが、正ルートでは美月と梨華は友情を結び直し、お互いにそれぞれ素敵な恋をするというハッピーエンドを迎えていた。このゲームには、梨華が美月を虐めるエピソードなんてない。
何故、梨華が虐めをすると、黒幕だと思い込んでいたのだろう。この物語は優しい物語だったというのに。
ーー理由は分かっている。
私が、ーー綾香が亜美に嫌がらせをしたかったからだ。亜美に水をかけようとしたことも、ある。小心者だしやらなかったけど。虐めようと思ったこともある。でも、亜美は可愛くて人気者だったし、そんなことをすれば私の方がクラスで孤立しかねなかった。
それに、私は自分の気持ちを認められなかった。こんな醜い気持ち、私が待っている訳がないと拒絶した。だけど膨れ上がった黒い心は行き場を失い、私と似た環境のキャラクターである梨華に押し付けた。梨華は美月を虐めたかったのだ、いや、実際虐めたのだとそう思い込んだ。自分の歪んだ欲望は認めず、私は梨華の気持ちに同調してるだけ、そう信じるようになった。梨華に私の醜さを押し付けることによって、私は綺麗で居続けられた。
それだけだったら、良かったのに。
私は、一度だけ。たった一度だけ。欲望のままに動いてしまった。
あの日。私は先輩を呼び出し、突然キスをした。
先輩は目を丸くして、ダメだよって言ったけど、私は強請るように甘えるように抱きついた。
「先輩……大好きです。ダメですか?」
そう伝えれば、先輩はそれ以上引き離そうとはせず、私のキスに応えてくれた。
どんどん深くなるキスの中、先輩に選んでもらえた喜びと、興奮と、ーー亜美に対する優越感を覚えていた。
その日は幸せで、ふわふわして、どうやって帰ったか分からない。
だから次の日、亜美に言われるなんて思ってもみなかった。
「ねえ、綾香。もしかして、昨日の放課後、先輩とキスしてた?」
質問の形をとっていたが、彼女は確信しているようだった。きっと、見られていた。
そう気づいた瞬間、血の気が引いた。自分が、最低な行動をしてしまったのだと自覚してしまった。
それからは、もう記憶がない。ふらふらと覚束無い足取りで亜美から逃げ、ーー恐らく階段から転げ落ちた。
事故だった。だけど、私は意識を失っていく中で安心したのだ。
ああ、これで。醜い私に幻滅した人達に会わなくて済む、と。
***
転生してからも、私の本質は何も変わらなかった。自己保身の塊で、美月のことも穿って見ていたと思う。
綾香と梨華の経験がごちゃ混ぜになり、あたかも梨華が経験したように感じている記憶もあった。
代表的な例としては、先輩との馴れ初めだ。梨華は、先輩に助けてもらったことなどない。先輩が、綾香の「先輩」にそっくりだったから恋をしたのだ。記憶が混濁していたとはいえ、通常なら違和感を持つだろう。だけど、今なら分かる。私は綾香の人生をやり直したかったのだ。先輩に恋をして、美月と疎遠になって、それでも美月とぶつかり合って、今度こそ間違えずに正しく生きたかった。だけど、うまくいかなかった。私は、私でしかなかった。
美月の胸を借りて、私は泣き続ける。途切れ途切れに、綾香と梨華について語っていく。美月は、うんうん、そっか、と言いながら余計なことは何も言わずに話を聞いてくれる。
そして、私が全てを話し切った後、
「ねえ、あなたは綾香と梨華、どちらとして生きていきたいの?」
そう、聞いてきた。
少し考えてから、答える。
「私は、もう梨華だよ。綾香に振り回されず、生きていきたい。今度こそ、間違えたくない。」
「そっか……、これから美月として宜しくね、梨華。」
花の咲いたような笑顔だった。だけど、何だか。
ーー間違えたような。
一瞬、そんな考えが思い浮かんだが、首を振る。
前世に囚われていてはいけない。私は、私の人生を生きていこうと心に決めた。